2015/05/28

澤田瞳子『若冲』

 本書カバーにカラーで若冲の絵が装画されている。二羽の鶏が向き合うように描かれていて、実に精微で極彩色である。鋭い目と嘴、豊かな羽は躍動感がある。「紫陽花双鶏図」とあり、いかにも若冲の世界であろう。
 この絵を描いた江戸中後期近世の画家伊藤若冲の半生が書かれている。奇想の画家と呼ばれ、鳥獣などを描いて大胆な構図と瞠目される極彩色の世界に近年人気が急浮上しているが、その若冲とはどういう人物だったのか。
 舞台は京都。源左衛門のちの若冲は錦高倉市場の大店、青物問屋枡源の跡を継ぎながら趣味の絵三昧。とくに妻のお三輪が首を吊ってからは部屋に引きこもりの日々。妻は姑の意地悪のせいで死に追いやられたと思っていて、ついには家業を弟たちに譲り自分は家を出て画業に専念する。源左衛門四十歳である。
 物語では、若冲がどのような心情で対象に向かい筆をとったのかが克明に描かれている。この背景がわからなければ若冲の絵は理解できなというほどに繰り返されている。これが一つの特徴。
 そしてもう一つの特徴は若冲の作画の変遷が描かれていること。若冲の絵は趣味で描いていた頃にわずかな期間手ほどきを受けたほかはほとんど独学だったらしい。ただ、生写(しょううつし、写生)は得意だったようだ。
 しかし、本書の面白さは別に二つ。
 一つは、若冲を取り巻くように当時の画家がたびたび登場し生き生きと描かれていること。
 池大雅。文人画を得意とし、天才の誉れ高い。数少ない若冲の友人である。俳人にして南宋画を描く与謝蕪村。百姓という出自を気にしている。格調高い筆致から若くして人気の高い円山応挙。長澤蘆雪、駒井源埼などと弟子も多い。和歌などもよくし文人として知られる谷文晁などとある。
 当時の京都は絵画の需要が強かったようで、こうした画人を通じて当時の画壇の様子がうかがえて興味深いものとなっている。
 そして、脇役ながら一貫して重要な役割を担っているのが市川君圭。実在の画人らしいが妻お三輪の弟という設定になっていて、若冲の贋作者として異彩を放っている。
 もう一つの面白さは、若冲の作品が若冲の生涯に応じて登場してくること。その折々の作者の心境、時代の背景、画壇における若冲の立ち位置なども踏まえているから紹介されている。
 「針にも似た毛を持つ獣を、象の傍らに描き込む」とあり、これは豪猪(ヤマアラシ)のことだが、綿羊、山童(オランウータン)、駱駝などとあると、ああ、あの絵のことかと思い浮かんでなおさら感興の深いものだった。
(文芸春秋刊)


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