2015/05/21

ジェフリー・アーチャー『追風に帆を上げよ』(上・下)

 クリフトン年代記の第4部。
 ほぼ毎年1部ずつのペースで刊行されてきていて、壮大な物語となっている。
 イギリスの港町ブリストルを舞台に、主人公ハリー・クリフトンの人生の軌跡を中心に物語は展開している。
 貧しい家に生まれながら聡明に成長するハリー。ジャイルズ・バリントンが生涯の親友。ジャイルズはバリントン海運の御曹司である。また、ハリーはその妹エマと結婚する。
 第1部は1907年から始まっていて、第4部では1964年まで進んでいる。この間、第一世界大戦、第二次世界大戦を挟み波瀾万丈のドラマが展開されている。とくに楽しいのは時代背景がくっきりと描かれ、イギリス社会の変遷を豊かなエピソードで読み進むことになること。
 ハリーはベストセラー連発の人気作家になっていて、ジャイルズは庶民院に議席を得ている。エマはバリントン開運の取締役にある。また、ハリーとエマの養女ジェシカは美しい才能を開花させていく。そして物語に明るい膨らみを持たせているのはハリーとエマの子セバスティアンの成長。
 敵役も個性的で、第3部で登場したアルゼンチンを根城とする闇社会の男ドン・ペドロ・マルティネスとの戦いが第4部の物語の柱。
 マルティネスは、バリントン家、クリフトン家の破滅に執念を燃やしていて、陰湿な攻撃を仕掛けてくる。
 長男ブルーノの死がセバスティアンのせいだと曲解したマルティネスは、ジェシカを死に追いやる。そして、マルティネスのターゲットはバリントン海運の破産へと向かう。
 しかし、この物語の魅力は、マルティネスの執拗な暴力も辞さない攻撃への対抗が、ハリーとエマやジャイルズなど一族の結束といったことのみならず、良識ある応援団が知恵を出し合って戦っていることにある。
 その顔ぶれが本作を豊かなものとしているのだが、内閣官房長官アラン・レドメイン、その部下ブライアン・スコット=ホプキンズ大佐、銀行会長のセドリック・ハードキャッスル、バリントン海運会長のロス・ブキャナンなどとあって、それぞれの持つエピソードが秀逸。
 そのエピソードの一つ。マルティネスはバリントン海運の経営を牛耳ろうと、取締役会に腹心フィッシャー少佐やフィッシャーの妻アレックスを送り込んでいる。
 取締役会の多数決で決まるブキャナン会長の後任選出は、エマとフィッシャー少佐との間で予想通りの接戦だったのだが、アレックスがエマに投票したことによって同数となり、最終的にはブキャナンの1票がエマを新しい会長に選出する。
 つまり、良識が勝利するわけだが、それもホプキンズ大佐がマルティネスに対し言った「あなたはイギリス人というものを、本当にはほとんど知らないようですね、ミスターマルティネス」という言葉が象徴的だ。
 エピソードをもう一つ。本作ではブリストルとロンドンを結ぶグレート・ウエスタン鉄道がたびたび登場する。実は、この鉄道には先年ブリストルを訪ねた際に私も乗ったことがあって、その鉄道がマルティネスの作戦を無駄にさせる場面があって、個人的なことながらとても感興の深いものだった。
 それにしても、ストーリーテラー・アーチャーの筆はますます冴え渡る。リズム感があって予断を許さない展開は小説の醍醐味を思いっきり味わわせてくれる。マルティネスとの対決に決着がついた本作、自作はどのような展開になっているのか。
(新潮文庫上・下)


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