2015/05/15

神田明神の薪能

 昨日14日の夕方は神田明神で行われた薪能を鑑賞した。
 薪能(たきぎのう)とは、夕方日が沈む頃、野外の能舞台の周囲に薪でかがり火をたいて行う能楽のことで、神社仏閣や庭園などで行われることが多いようだ。
 神田明神ではこの10数年来毎年この時期に行ってきていて、とくに今年は神田明神が遷座して400年を迎えたところから大きな盛り上がりを見せていた。
 本殿を舞台にしつらえ、境内にテント張りの下に椅子を並べて能舞台が設定されていた。もちろん舞台両脇にはかがり火が焚かれていた。
 午後6時30分上演開始で、この日の演し物は素謡「神歌」(金剛流家元金剛永謹ほか)、狂言「痩松」(和泉流野村万作、岡聡史)、仕舞「鞍馬天狗」(金剛流家元金剛永謹)、能「竹生島」(金剛流遠藤勝實ほか)だった。
 事前に解説などもあって一般にもわかりやすい工夫がなされていて親しみやすかった。
 狂言の痩松は、山賊が女を襲ったものの、逆襲されてしまう筋書き。痩松とは山賊が収穫のなかった場合のことをいい、収穫があれば肥松というらしい。事前の解説もあったし、狂言でもあったから時々笑えるほどに楽しめた。
 能の竹生島は、琵琶湖の竹生島にある弁財天を詣でようとしたところ、同じ船に女が乗っていたという筋書き。弁財天は女人禁制のはずなのにどうしたことか。
 これも事前に解説があったので何とか流れには付いていけた。とくに天女の姿が美しかったし、この場面で奏でられる舞楽のテンポの速いことに感心した。
 なお、上演前には神田明神雅楽部による雅楽の演奏が披露された。若い巫女さんたちの舞が美しかった。
 また、上演開始当初はまだ明るさが残っていたものの、幸い能が始まる頃には日も暮れていかにも薪能の雰囲気になってきていた。
 薪能は随分と久しぶり。前回は庭園で行われたものだったのだが、いかにも能らしい幽玄さに素人ながらに深く感じ入ったものだった。
 それで今回も期待していったのだが、ただ、この日は今一つ堪能できなかった。もちろん、能や狂言に関する自分の知識のなさ、経験の薄さによるところなのだけれども、この日の舞台は周囲がいかにもざわついていて集中しにくかった。
 神社の境内だから、参拝する人の柏手によってその都度集中を途切れさせられたし、境内を歩く人の足音がいつまでも途切れなかったし、時には台車を動かすガラガラとした音まで聞こえるし、神田祭の袢纏を着た大勢の係員が右往左往していてうるさかった。
 このような次第でとても静謐という雰囲気ではなかったから、幽玄さにはほど遠かった。舞台がよかっただけに残念だった。


写真1 神田明神薪能の様子。これはまだ明るいうちの雅楽の演奏開始直前の模様。


写真2 夜の神田明神。ここは年中お参りに行っているが、夜の神田明神は初めて。

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