2015/04/02

瀬川深『SOY!大いなる豆の物語』

 現代日本に生きる一人の若者の軌跡が描かれている。それは時間にしてわずか1年あまりのものなのだが、この間の体験が若者の生き様に大きな変化をもたらしていて、それが壮大な物語となっている。
 主人公原陽一郎。27歳。埼玉県和光市在住。筑波の大学を出てコンピュータ関連の企業に勤めていたものの19ヶ月で放棄、この3年間ほどは不定期就労で社会というものからふるい落とされたような生活を送っている。
 その陽一郎に配達証明の速達郵便が届く。発信人はSoyysoya(ソイソーヤ)なる奇妙な名前の会社。文面には、「弊社前CEOであるコウイチロウ・ハラが逝去いたしましたことを謹んでご報告申し上げます。つきましては、個人の遺志を汲み、原陽一郎様にコウイチロウ・ハラの遺産管財人の労をお取りいただくことを衷心よりお願い申し上げます……」というもの。末尾には日本支社長のサインが肉筆でなされている。
 そして、郵便が届くタイミングを見計らったようにソイソーヤ来訪を促す電話が入る。
 出迎えたのは薗大路。30代半ば。長身。エリート然としてどこまでも慇懃。
 薗によれば、ソイソーヤは当初パラグアイで大豆の生産を手がけ、現在はブラジルのサンパウロに本社を置く食の生産と流通の巨大なグローバル企業となっていること。
 そのパラグアイにおける大豆生産を開拓しソイソーヤを軌道に乗せたのが原世志彦であり、その長男がコウイチロウ・ハラであることなどが語られた。
 さらに薗は、コウイチロウ・ハラには遺言状があり、遺産管財人として妻ヨシノ・ハラ、長男マウリシオ・ハラ、顧問弁護士タケオ・ヤマシタ、秘書イサベラ・タケダ=イグレシアに加え、日本国岩手県、原家直系の嫡男の5人を指名していることを紹介した。
 これを受けて、ソイソーヤ本社から日本支社に対し、原家の本家、その嫡男に当たる人物を探し出して遺産管財任の労を取ってもらえという勅命がもたらされたのだという。
 そこで、下調べした結果、戸籍謄本等から原四郎なる人物が世志彦であると判断できるというのだった。
 その上で薗は、原家は、陽一郎の曾祖父一太郎から祖父肇、父一史そして陽一郎と直系が嫡男として連なり、四郎は一太郎を長兄とする四男であることを指摘するのだった。なお、一史は陽一郎が幼いときに亡くなっている。また、原家は岩手県岩手郡四戸町にあって、戦前までは山林地主だった家柄だとも。
 これに対し、陽一郎は原などという名字は珍しくもないし、四戸町など父の葬儀で行ったことがある程度の縁であるなどとして容易には認めたがらなかったのだが、薗の説得もあり、自分のルーツを探すことにしたのだった。
 少々長くなったが、ここまでがイントロ。しかし、急ぐことはない。何しろ本書は500ページを超す大部。腰を据えて読み進む必要がある。とくに初めの36ページは我慢を強いられるかもしれないが、そこを過ぎると後は一気呵成となり、面白くて止まらなくなる。
 さて、陽一郎は四戸町へと向かう。東北新幹線いわて沼宮内駅から車で1時間。盛岡と八戸を結ぶ脇街道の小邑とある。
 なお、蛇足だがあえて付け加えれば、四戸(しのへ)町は実在しない。岩手県から青森県にまたがって一戸から二戸、三戸などと九戸まで戸の付く町はきっちり実在するのだが、四戸だけは飛ばされている。その理由は諸説あるようだが、いずれにしてもその四戸を舞台にしたことなど、著者の卓眼した創造力と構想力が感じられる。
 四戸町で陽一郎を待ち受けていたのは原恵三。父一史の3歳年下の弟である。現在は地元にあって原家を継いでいる。
 父の墓参りを済ませ、入院中という祖父原肇を見舞い、原四郎の存在を尋ねると、「そ、そったらなまえ」……「くぢにしでは、わがんねぇんだ」と荒い息をつきながらかすかに話す。
 意味が今一つつかめず問い返すと、そばにいた祖母が「徳吾さんのところに行ってみなんせ」と助け船を出す。
 四戸からの帰途陽一郎は仙台で下車する。北仙台駅前で法律事務所を開いている原徳吾を訪ねたのだった。徳吾は肇を長兄とする兄弟の末っ子で、陽一郎の大叔父に当たる。原四郎は徳吾の叔父に当たる。
 徳吾の話によって陽一郎は原家の系譜を知ることができた。しかし、その内容は驚愕するものであった。四郎はなぜ故郷を追われ再び帰ることなく行方知らずとなったのか。しかも、どうやら四郎の思想は徳語へと引き継がれているらしいのである。
 陽一郎を含め原家の眷属とはどういうものなのか、次第に明らかになっていく事実が陽一郎に重くのしかかっていく。
 物語は岩手から満州へ、パラグアイへと広がるが、あくまでも原点は四戸町である。陽一郎は原家の源流を探りながら何を見つけたのか。何を考えたのか。
 徳吾が明らかにした四郎の思想は驚天動地のものである。それは漢字四文字で表すことができるが、それを今ここで示してしまったのではミステリーの種明かしをしてしまうようなもので許されない。
 ただ、東北とは方角を表す言葉ではなく東夷北狄を約めた名だということだけは書いておこう。
 「偉大なる回帰、壮大なる復讐」と著者は書いているが、その強靱で広壮なる発想には唖然とし脱帽した。
 物語を串刺しにしている串は大豆である。著者にはデビュー作に傑作『チューバはうたう』があるが、8年の時を経てチューバからこのたびは大豆に魅せられたものらしい。
 『チューバはうたう』では哀しくもある種楽天的なところも見られたが、本作はまことに重い。しかし、最後まで読み進むと希望のエピローグとなっていて読み手を救ってくれる。つまり、じわり共感がこみ上げてくるのである。とくに、陽一郎と、終始慇懃な態度を示していたエリート社員薗との対話で構成されるラストシーンはどこまでも印象深い。
 この小説は、煎った豆を一粒一粒手で転がしながらいただくように、先をいたずらに急がず1ページ1ページを味わい深く読み進めるのが似つかわしいように思われた。
(筑摩書房刊)


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