2015/03/10

笠間市

 笠間市は茨城県の中部に位置する。笠間焼や笠間稲荷で知られる。この笠間を機会があって先日の土曜日7日に訪ねてきた。
 笠間は、JR水戸線の笠間駅が最寄り駅。ただ、市街中心は駅からは遠くて2キロほどか。どういう事情か、駅は街から離れたところに作られたらしい。地方には時々こういうことがある。
 歩くには少々遠そうだし、しかも、この日は朝から小雨模様で寒かったし自転車による散策には向かなかったが、駅前の観光案内所で貸し自転車を借りてかまわず走り始めた。
 はじめに訪ねたのは笠間城跡。街の中心から佐白山という山に向かって歩くとになる。その麓に千人溜まりという広場があった。かつての武者溜まりであろうか、あるいは下屋敷の跡かもしれない。ここからは歩いた。
 この笠間藩は、笠間氏が18代と長く続いた後は、とくに関ヶ原以後には2代くらいずつでたびたび藩主が交代している。最後が牧野氏で8万石だったらしい。
 歴代の藩主の中には浅野氏の名もある。大石内蔵助の祖父が家老だったとのこと。ところが、この城は典型的な山城でなかなか不便。それで、政務を執り行ったり普段の生活のために麓に下屋敷を建設したものらしい。
 この下屋敷建設が城の勝手な普請にあたるとして幕府の逆鱗に触れ、赤穂に転封となったものらしい。赤穂浪士討ち入り事件の50数年前だったとのこと。下屋敷を作らなければ転封もなかったろうし、赤穂事件もなかったかもしれない。
 しかし、登り始めてすぐに殿様の気持ちがわかった。何しろきつい上り坂の連続である。標高200メートルには足りないようだが、それでも戦時ならいざ知らず平時でこれはきつい。日頃の不養生を呪いながら約30分。大手門、八幡台櫓と過ぎてついに天守に。石垣がわずかだがそれらしく残っていた。
 関東の城で石垣が遺構として見ることができるのは珍しいのではないか。また、八幡台櫓や天守曲輪などもあったらしく、規模はともかくきちんと整った城郭ではあったようだ。
 麓に降りて昼食。蕎麦屋に入って天ぷらそばといなり寿司を頼んだ。そばにさしたる特徴はなさそうだったが、面白いのはいなり寿司。この蕎麦屋のいなりは、中身はごはんではなくそばだった。なお、笠間はいなり寿司が名物らしく、扱う店が10軒ほどもあるようだった。そのそばを油揚げでくるんだいなり寿司だが、酢飯のようにそばも酢で味付けしてあった。
 お腹もいっぱいになったところで、笠間稲荷神社にお参り。笠間は城下町でもあるが、この笠間稲荷の門前町としても栄えたところ。日本三大稲荷の一つとされていて、なるほど立派なお稲荷さんだった。
 ここはそうそうに切り上げて次は笠間日動美術館へ。今回この笠間を訪れたのはここでこの日から始まった「絵画と写真で巡る大鉄道展」が見たかったからだった。


写真1 石垣が残る笠間城の天守跡。


写真2 日本三大稲荷に数えられる笠間稲荷神社。


写真3 笠間はいなり寿司が名物。これは中身がそばという珍しいいなり寿司。

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