2015/03/06

小野正嗣『九年前の祈り』

 文章がいい。それも難しいボキャブラリを引っ張り出してきたり、レトリックをもてあそぶようなことではないから読みやすい。
 しかし、さらっと読み過ぎてしまうことがあるから注意しなければならないが、「柔らかい雨のような懐かしさだった」とか、「喜ぶべきなのか、絶望すべきなのか、それとも怒るべきなのか、よくわからなかった。波音はあまりに中立的だった」などとあって表現は深く思索的だ。
 文体に特徴があるが、これは小説にとって大事なことで、「おどや、おどや、若えのにさなえちゃんは寝てばっかりじゃのお」「まこと、まこと、一緒に海外旅行まで行った仲じゃもんのう」などと大分の言葉が頻繁に挟まっているのにとても滑らかなことに感心した。
 登場人物も、主人公のさなえをはじめ、みっちゃん姉(ねえ)、ふっちー、えーこ姉、すみ姉などとどこまでもローカル。みっちゃん姉などとはかつてカナダに一緒に旅行したことがあったのだった。この旅行の様子がこの物語の一つの柱。
 しかし、一見、ユーモラスなローカルの中にどうしても溶け込めない異物が見え隠れしている。
 さなえは、カナダ人の夫と別れ息子の希敏(けびん)を連れて大分の実家に戻っていた。「なんと、なんと、なんと! かわいやのー!」とさなえの母は孫を見て興奮するが、希敏は時々突如として「引きちぎられたミミズがのたくった」ようになる。こうなると母親のさなえでも手が付けられないようになるが、この様子がこの物語のもう一つの柱。
 この二つのエピソードが交差する時がラストで、いま悲しみはさなえのなかになかった。……、悲しみが身じろぎするのを感じた……とある。
 なお、本書は今期芥川賞受賞作である。全文が掲載されている『文藝春秋』3月号で読んだ。


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