2015/03/03

冨田章『偽装された自画像』

 絵画には風景画、人物画、静物画などといくつもの分野があるものなのであろうが、私が最も好きなのは自画像。
 もちろん人物画のうちの一つのジャンルなのであろうが、画家自身の内面をえぐり出し、葛藤が現れているようで大変興味深い。
 いつだったか、このように知り合いの女性画家に話したら、「いやらしい」と逃げられた。画家本人としては自分のさらけ出したものを知り合いに見られるのが恥ずかしいという意味があったのかもしれない。
 さて、本書は、自画像について多彩な視点から切り込んでいて、それもボッチチェルリからピカソなどと20の作品が取り上げられ、ルネサンスから現代に至るまで自画像の歴史が概観できるようだ。
 冒頭、画家は嘘をつくし演出があり「それは自己を赤裸々に描写していると思われがちな自画像においても変わらない」とし、自画像と肖像画の大きな違いがここにあると断定している。
 作品を幾つか拾ってみよう。
 アンギッソーラの「ソフォニズバ・アンギッソーラを描くベルナルディーノ・カンビ」が面白い。これは画中画だが、なかなか複雑で、カンビがアンギッソーラを描いている模様をアンギッソーラが描いているというもので、つまり、画中のキャンバスに描かれているのはアンギッソーラ自身の自画像なわけだが、これは奇抜。著者も「きわめて珍しい画中画を利用した自画像の例である」と述べている。
 自画像好きの私が最も好きな自画像の一つはピカソの「自画像」(1901年)だが、幸いこの絵が取り上げられている。ピカソ初期の青の時代の作品だが、「そこにいるのはまだ二十歳になるかならないかの若者にしてはあまりにも老成した男だ。無精髭を生やし、マントを着て無口に立っているその姿は、どう見ても中年のやつれた、しかし内に果てしのない精力を秘めた男のようにしか見えないのだ」と解説している。
 ただ、私には、中年のやつれた男という印象はどこにもなくて、静謐な世界に佇みながら、まるで人生の深淵をのぞき込んだかのように相手を凝視する強い眼と意思の固い面相が迫ってくるように思える。
 まあ、著者自身が冒頭で書いている通り、絵は人によって「見え方が全然違ったものとなる」ということなのだろう。
(祥伝社刊)


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