2015/02/26

岩手県沿岸部鉄道最近事情

 東日本大震災からの復興で、岩手県沿岸部が希求しているのは鉄道の復旧だ。このことは、このたび、大震災から4年目となる被災地を巡っていて痛感したことだった。
 岩手県沿岸部の鉄道は、北から三陸鉄道北リアス線久慈-宮古間71.0キロ、JR山田線宮古-釜石間55.4キロ、三陸鉄道南リアス線釜石-盛間36.6キロ、3線合わせて163.0キロが甚大な被害となった。とくに山田線と南リアス線は壊滅した。
 このうち、三陸鉄道はすでに北リアス線と南リアス線を揃って昨年4月には全線で復旧させている。
 三陸鉄道は旧国鉄路線を転換した第三セクター鉄道で、厳しい業績を余儀なくされているが、それでも部分開通を重ねながらついに全面復旧にこぎ着けいて、沿線市町村にとって大変心強いものとなったいる。
 この部分開通を積み重ねていったことが結果的によかったのだと思われる。そこには三陸鉄道と沿線住民にとって鉄道をともかく途切れさせないという不断の決意があったのではないか。
 北リアス線では地震発生からわずか12日後には宮古-田老間で復旧させ「復興支援列車」を走らせている。これが沿線住民にどれほどの勇気を与えたものか。鉄道にはそういう側面があるものなのであろう。
 線路の流出、橋梁の崩落、駅舎の壊滅などの被害から被災直後には廃線論も浮上したらしいが、それらをはねつけた上での復活は賞賛される。
 このたび島越駅を訪れてみて大きな感慨を持った。旧来はトンネルとトンネルに挟まれた短い区間を橋梁で渡っていたのだが、震災で駅舎も橋梁もすべて流出し、北リアス線で最後まで復旧が遅れた部分だった。
 トンネルとトンネルに挟まれた部分には、これは防潮堤の役割も果たすためであろう、立派な堤防が築かれ、鉄道が渡っていた。その久慈側のトンネルのそばに新しい駅舎が建設されていた。
 駅売店の係の女性によると、鉄道は復旧したが、人の流れは戻っていないという話だった。つまり、住宅地は高台に移転してしまって、駅周辺に人は住まなくなったからからで、高台と駅は離れているし、駅周辺に水産施設などが整備される計画だが、果たして産業としてどれほどのものか、人が戻ってくれるものかどうかとも話していた。
 これら北リアス線と南リアス線の間にあるのが宮古-釜石間を結ぶJR山田線で、この4年間手つかずに放置されてきた。沿線は最も被害の甚大だった区間だということも言えるが、それでもJRのやる気のなさには住民から批判も大きかった。
 それが、ここにきて、JRと沿線市町村、三陸鉄道との間で再建に向けた合意がまとまった。それは、JRがまず鉄道を復旧させ、その上で三陸鉄道に無償譲渡し移管させるというもので、やっと久慈から大船渡の盛まで鉄路が1本につながることとなった。
 大船渡線では全区間でMRT(バス高速輸送システム)が開通しているが、山田線が鉄道として完全復旧する意義は大きいのではないか。
 北リアス線、山田線、南リアス線を結んで久慈から盛まで1本の列車で連なるという日を是非待ちたいものだ。


写真1 復旧した北リアス線島越駅。


写真2 再び列車の到着する日を待ちわびる山田線吉里吉里駅。


写真3 南リアス線陸前赤崎駅では周辺の再開発も進められている。

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