2015/02/20

仮設住宅から震災公営住宅へ

 東日本大震災から4年目の三陸地方岩手県沿岸部の被災地。
 復興工事で真っ最中なのが住宅の高台移転と市街地の土地の嵩上げだ。そのためにおびただしいほどのダンプカーと重機が投入されて土埃をもうもうと巻き上げている。
 津波で浸水した市街地の復興として行われているのは、順番に、住宅の高台への移転。これは近隣の山林などを切り開いて宅地を造成しているのだが、その際発生した土砂を市街地の土地の嵩上げに利用している。続いて防潮堤の建設も着手されてきている。
 このやり方はどこの市町村でもほぼ同様で、同じ計画書を使って実施しているのではないかと思われるほどに似通っている。
 このうちまず高台移転だが、住宅地の造成が急ピッチだ。仮設住宅からの転換が急がれるからで、この高台に震災公営住宅や戸建て住宅の建設が進められている。
 例えば、沿岸北部の田野畑村島越地区では、まず、造成された宅地への自力による戸建て住宅の建設が始まり、次いで震災公営住宅が建ち上がり、移転はほぼ100%近い進捗だということだった。
 なかなかしゃれた住宅地が生まれていて、まるで大都市近郊の新興住宅地の様相だ。震災公営住宅に入居してるおばあさんに伺ったら、昨年7月に仮設住宅から越してきたとのことで、「やっと落ち着くことができた」と喜んでいた。
 ただ、ここは前の住宅地から数キロも離れている上、高台というよりも山の上という感じで、「とても不便だ。若い人たちは車があるからいいが、年寄りは我慢しなければならない」と手放しの喜びようではなかった。
 高台への移転先が遠く離れているのはどこも似たような事情で、沿岸部の主要産業は漁業だけに、「これでは仕事にならない」と根強い反発も少なくないようだ。
 それでも、高台における宅地造成は着々と進んでいて、大方の町ではこの先1、2年で終了する見込みのようだ。
 当然、仮設住宅からの転出も始まっているが、ただこれは町ごと地域ごとに随分と進捗に差があるようだった。
 宮古市で駅にほど近い仮設住宅では、ここを離れるにはあと2年はかかるのではないかと入居者たちは話していた。
 一方、津波に覆われた旧市街地の嵩上げ工事も一斉に行われている。数メートル分も盛り土しようというのだから大がかりな土木工事となっている。
 この部分は主要には商業地としての活用が想定されているほか、より高く嵩上げされた部分には住宅も配置されるとのことだった。
 大方の町では数メートルの嵩上げとなっているようだが、その高さは、防潮堤の高さとも関連しているようで、2段階で津波に対処しようというもののようだ。
 防潮堤工事の現場を取材することができた。宮古港に面した鍬ヶ崎と呼ばれる地区の防潮堤の工事で、基礎としてまず鋼管杭を打ち込み、その上に桁を渡し防潮壁を積み上げるというもの。最終的には海面から10.4メートル高さの防潮堤となるとのことだった。
 使われている鋼管杭は、直径800ミリ(一部600ミリ)、板厚10ミリで、スパイラル鋼管の鋼管杭を搬入し、この現場で杭として打ち込むためのリングを取り付ける必要があり、半自動溶接が適用されていた。


  


写真1 高台に造成された田野畑村島越地区の住宅地。しゃれた住宅地になっていて写真は震災公営住宅。


写真2 高台移転は町や地区によって進捗に大きな差があって、仮設住宅住まいが長引きそうな地区もありそうだ。写真は宮古市の仮設住宅。


写真3 宮古市鍬ヶ崎地区における防潮堤工事の様子。工事は鋼管杭の打ち込みから始まる。

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