2015/02/18

津波注意報

 東日本大震災4年目となる三陸の被災地巡り二日目。2月17日。
 この日は、宮古から山田、大槌、釜石を経て大船渡に至る予定だった。
 それでまずは、宮古で8時30分のアポイントを取ってある鉄工所に向かっていたところ、宮古市役所付近を走っていた8時10分頃か、けたたましいサイレンが鳴っていた。
 それで、近くのコンビニに車を停め様子をうかがっていたところ、市役所の防災無線が大音量のスピーカーから「津波注意報が発令された。海岸にいる人は海岸から離れろ。高台に避難しろ」「海岸には絶対に近づくな。様子を見に行ったりするな」と呼びかけている。
 私は車を運転していて地震には気がつかなかったのだが、8時06分、震度4の地震があったのだった。車載ラジオは、震源地は岩手県沖、地震の強さはマグニチュード6.9と推定される、津波の高さは1メートル、宮古港への到達時間は8時30分頃、と報じていた。
 しかも、私が向かおうとしている鉄工所は魚市場に隣接し岸壁に面したところ。それで、相手先の会社へ電話を入れたのだが誰も出ない。避難しているものと思われた。
 それにしても、周囲を見渡すと、自動車も歩行者も平然として普段の通勤時間帯と変わりない様子だ。海岸方向に走っていく車も少なくない。しかも、サイレンや防災無線は大音量で繰り返し鳴っているし、避難勧告まで出されているというのに。
 私としては津波注意報が出されているその場所にいるということ自体が初めてのこと。どうしたものか不安もある。しかも、私が車を停めてあるコンビニのあたりは4年前の大津波では浸水区域だったところ。それで、その後私は車をそろり宮古駅前に移動させて待機していた。ここは浸水区域外だったはず。なお、三陸鉄道は北リアス線、南リアス線とも全線で運転見合わせとなっていた。
 家内や、私が三陸に出張中ということを知っている友人からは安否を確認する電話が携帯電話に相次いで入る。とくに家内は、好奇心を起こして海岸などに近づくなと強い警告。
 ラジオに耳を傾けていたところ、8時47分、宮古港に10センチの津波が到達したとのこと。しかも、4年前の時も第一波は10センチで、それがその後10メートルを超す津波となったと警告している。
 また、久慈港では8時48分の第一波10センチに続いて9時07分第二波20センが到達、津波は上昇中だと強調している。
 鉄工所には9時40分再度電話したものの応答なし。10時にも依然応答はない。
 まったく身動きがとれない。この先の予定がすっかり狂ってしまっている。しかし、アポイントをもらっている鉄工所の取材も定点観測上重要なポイントだし、南へ向かうにしてもすべて海岸沿いに走る国道45号線上。それも無分別というもの。
 そうこうして10時20分、津波注意報が解除されたとの報。
 早速、くだんの鉄工所に駆けつけたところ、やはり全員避難していたとのこと。社員がぞろぞろと戻ってきていた。
 なお、この日訪問した会社では、どこでも避難していたとのこと。こういう場合のマニュアルはできていて、全員その通りに行動したとのこと。経験上、大きな津波は来ないことはわかっていても、3.11のこともあるし、津波注意報が解除されるまでは個人で判断せずマニュアル通り待機していたということだった。そして勝手に判断して「避難したりしなかったりすることが一番よくないこと」とも教えられた。


写真1 大音量でサイレントや防災無線を鳴らす宮古市役所(奥の建物)


写真2 通りは普段の通勤時間帯と変わらない平静な様子


写真3 朝のアポイントを取っていた鉄工所はまさしく岸壁際

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