2015/02/13

美祢線、山口線

 中国地方鉄道旅三日目。2月7日土曜日。
 美祢線の起点は山陽本線の厚狭(あさ)。美祢線に乗ることだけを考えれば厚狭に泊まった方が翌朝は楽なのだが、厚狭では新幹線停車駅にしてはホテルも少ないし魅力も薄い。
 それで、宿は下関に取ったのだが、その下関を5時34分発の山陽本線岩国行きでいったん厚狭へ。この列車は下関発車の1番列車。8番線。同じホーム隣の9番線からは5時39分発山陰本線益田行きが並んで発車を待っている。
 厚狭6時07分着。下関でもまだ売店は開いていなかったし、厚狭で何か購入しようと駅前に立ったのだが、案の定、まだ真っ暗でコンビニすら見えない。
 1番線。列車はすでに入線していたが、車内はまだ暖まっていなかった。こちらは何も言わなかったのに、運転士が走り始めないと暖まらないと恐縮していた。
 6時27分発車。仙崎行き。美祢線は線区としては厚狭-長門市間46.0キロなのだが、この列車は長門市からそのまま山陰本線支線(通称仙崎線)に直通する。
 6時57分美祢のあたりで夜が明けてきた。東京に比べ20分ほども夜明けが遅い。曇り空である。右窓に高い煙突が2本煙を吐き出しているのが見える。宇部興産のセメント工場である。
 この美祢線は1日に6、7本の列車しか走らない路線なのだが扱いは幹線。それはセメント工場から出る貨物輸送の収益が大きかったためといわれていて、特定地方交通線の位置づけを免れたものらしい。
 列車は山間の狭い平地を探しながら走っている。小さな集落が点々と続いている。右奥の山の向こうが秋吉台であろう。
 長門市7時32分着。美祢線はここまでだが列車はそのまま仙崎まで行く。乗客が三人残った。全員が厚狭から乗っていた人たちだった。ただし、とりわけ旅行客というふうではなかった。
 わずか1駅4分で仙崎7時38分着。この駅で降り立ったのは2度目(来訪したのは3度目だが、1度は自動車だった)だが、片側1線のホームがあるだけの小さな駅。なお、この駅は当初貨物駅として設置されたものらしい。
 駅舎待合室に金子みすゞの顔を大きく描いたモザイク画があった。蒲鉾板を貼り合わせたもので、その数数百枚。大変珍しいもので、1枚1枚にメッセージが書き込まれている。
 ここは金子みすゞのふるさとで、駅前から一直線に数百メートルで金子みすゞ記念館がある。今回は寄らなかったが、金子みすゞの生涯が展示してあって興味深いものだった。
 7時45分発ですぐに折り返し、さらに長門市からは7時53分発の山陰本線益田行きに乗り換えた。1両ワンマンディーゼル。
 この列車は下関を5時39分に出たもので、そう言えば、早朝の下関駅のホームで見かけた男が乗っていてちょっとびっくりした。相手も同じように気がついたようで、やはり戸惑った表情をしていた。美祢線に乗る用がなく、下関から益田に行くだけなら、この男のように山陰本線1本で乗り通す方が単純でいい。ただし、時間は余計にかかる。
 長門市を出ると列車は日本海を左窓に見ながらどこまでも進む。沿線は北長門海岸国定公園で、日本海とは思われないほどのべた凪の海が広がっている。数多くの島々が浮かんでいてなかなかの絶景区間だ。
 途中、東萩8時30分着、8時45分発。今年の大河ドラマの舞台だが、さしたる賑わいも感じられなかった。もっとも、今や鈍行で観光地巡りをする旅行客もいないのだけれども。
 江崎を過ぎて9時45分頃か、トンネルがあったが、これが山口-島根県境であろう。
 益田10時04分着。つい二日前にこの先わずか60キロほどのところ江津まで来ていたばかりだが、今回はここで曲がって山口線に乗り換える。
 待ち時間が1時間以上もあり、ここで遅めの朝食兼早めの昼食。こういうのを英語では俗にブランチというが、日本語で適当な言葉が思い当たらない。
 そのブランチを駅前の喫茶店で。モーニングサービス提供の時間内で、厚切りのトーストにハムエッグ、野菜サラダ、デザートに果物(ミカン半個)、コーヒーが付いて550円だった。とてもおいしかったし、ボリュームも十分だった。
 さて、11時26分発山口線山口行き。1両ワンマンディーゼル。
 先ほどの萩を通る山陰本線もそうだったが、この山口線もこの先すぐに津和野という名だたる観光地があるのだが、いずれも列車は1両の運転。客も少なく寂しいものだった。この頃のローカル線は乗客といえば高校生か、病院通いのお年寄りくらいなもの。
 益田を出て約40分津和野12時05分。観光客が2組降りた。それで車内ががらがらになった。津和野も魅力的な町だが、今回は降りない。これまでに二度見物しているし。
 ここまでが島根県。次の船平山との間が山口県との県境。山口県に入ったら一面の銀世界となった。最近降雪したのであろう。雪がまだ新しい。ただ、沿線に変化は乏しい。
 この山口線も陰陽連絡線の一つで、結局、このたびの中国地方鉄道旅では4つの陰陽連絡線を踏破したことになる。面白さで木次線、車窓風景で三江線、沿線観光では山口線ということになるだろうか。
 その山口線。益田-新山口間を結んで全線93.9キロ。沿線中、津和野も魅力的だが、歴史好きなら山口もいい。もとより山口県の県庁所在地であり、かつての長州藩の藩庁所在地でもある。三度訪れたことがあるが、瑠璃光寺や山口サビエル祈念聖堂などは印象深い。
 列車はこの山口で乗り継ぐようになっており、この先、新山口を経て徳山から岩徳線で岩国に行き、広島へと向かった。
 まとめ。結局、このたびの中国地方鉄道旅では、東京との往復分を除いた中国地方内だけでも3日間で乗った線区が延べ16(往復重複分含む)、その総距離数は1186.4キロに及んだ。しかも、我ながら物好きとは思うが、そのすべてが鈍行だけで乗り通した。
 ただ、ダイヤ上はなかなか不便な路線が多くて、しかも、重複を避けて一筆書きにしようとすると思うように旅程が組み立てられなかったが、まあ、限られた日程内としてはほぼ最適のルートではなかったか。
 また、面白かったのは駅名に旧国名が付されているところが少なくなかったことで、このこと自体は日本全国どこにでもあることなのだが、この地方にはやはり旧国数が多いこともあって随分と見かけることとなった。通過した駅名から拾っただけでも、播磨、美作、備中、備後、出雲、石見、安芸、周防、長門と9カ国にも上ったが、そういう駅名を拾っていくだけでも旅に変化があるようでいっそう味わい深かった。



写真1 仙崎駅待合室にある金子みすゞのモザイク壁画。おびただしいほどの蒲鉾板で組んである。


写真2 美しい日本海の景観が続く車窓風景。宇田郷付近で。


写真3 車窓から見た津和野の町。山口線津和野駅到着直前で。

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