2015/02/04

山陰本線京都‐鳥取

 このたび山陰本線を京都から鳥取まで乗った。
 山陰本線は、京都から、下関の一つ手前、山陽本線と合流する幡生までの路線。京都、兵庫、鳥取、島根、山口と中国地方の日本海に沿って山陰地方をひたすら走る。全線673.8キロ(仙崎支線2.2キロを加えると676.0キロ)で、JRの在来線最長路線である。なお、かつては東北本線が最長だったが、同線は一部区間が第三セクターに転換されて現在はその地位を失った。
 私はこの路線の全区間をかつて一度以上は乗ったことがあり、京都‐鳥取間も一再ならずあるのだが、このたびは随分と久しぶりだった。とくに今回は城崎温泉に寄りたかった。
 実は、私の取った宿は大阪で、城崎温泉に行くには福知山線経由で向かった方が早くて便利なのだが、久しぶりの山陰本線ということもあり起点から乗りたくて、遠回りを覚悟でわざわざ京都まで出向いたのだった。
 1月31日。京都6時37分発福知山行き。33番線からの発車。このホームは東海道本線などからは離れて1階の隅に小さく設けられている。6両の電車。
 発車した時はまだ暗かったのだが、6時50分頃太秦あたりでやっと夜が明けてきた。ただ、この日は曇っていてなおさら薄暗く感じる。
 保津峡と馬堀の間を長いトンネルで抜け亀岡を経て並河に至ったら雪が舞ってきた。窓外は平地も山もうっすらと雪化粧している。八木の手前で右窓に大堰側が寄り添ってきた。この川は桂川の上流である。
 園部7時19分着。後ろ4両が切り離された。福知山までは前2両だけだが、園部でたくさん降りたので座席は空いている。
 船岡を出て山間部へと分け入り、積雪が深くなってきた。安栖里(あせり)のあたりでは横殴りの吹雪となってきた。
 だいぶ冷え込んできたが、この列車のドアは自動では開かず、乗客がボタンを押して開け閉めするタイプ。もちろん暖気の逃げるのを防ぐためで、時々開けっ放しにしたままの人がいるが、慣れていない人たちであろう。これが北海道などなら、デッキ付の車両となり、地域によって使用される車両も変わる。
 綾部を経て終点福知山8時37分着。京都からきっかり2時間。福知山線の接続駅である。この福知山線で来ると大阪からは約2時間。京都と大阪同じ所要時間ということになる。
 福知山駅に到着する直前、右手小高い丘の上に福知山城の天守閣が見えた。明智光秀の築城で知られ、現在のものは復元されたものだが、車窓からでも美しい城郭ぶりがわかる。
 同じホーム向かい側に停車中の列車に乗り移り、8時41分の発車。定刻8時39分発のところ2分の遅れ。吹雪で視界不良のためかもしれない。
 和田山9時16分着。9時20分発。ここはもう兵庫県である。播但線との接続駅で、和田山到着の直前から左に並走してきた列車が寺前からの播但線列車。多くの乗客が乗り換えたのか、車内は立っている人も出る混みようとなった。なお、改札外だがこの駅で販売されている弁当に但馬牛のものがあって、これまでに2度食べたことがあるのだがなかなかおいしかったと記憶している。
 そうこうして豊岡9時55分着、9時57分発。細かく乗り継ぎが続く。幸い、この駅も4番線から3番線へと同じホーム向かい側への移動。それも2両編成から2両編成への移動だから同じ乗客同士座った位置関係も最前と変わらない。なお、ここで運転系統が変わり、電車からディーゼル車へと変更となった。
 城崎温泉の手前あたりで右窓に川が近づいてきた。流れがほとんど感じられずまるで湖と見紛うばかり。この川は和田山を出たあたりからつかず離れずしていた円山川。
 城崎温泉10時09分着。ここで途中下車。ただ、あいにくの猛吹雪。横殴りに雪が吹きつける。温泉街をぶらついて11時54分発の列車で山陰本線の旅続行。
 列車編成が4両に増えている。カニの観光シーズンのためなそうだが、それらしき人たちの姿はちらほらする程度。
 竹野に至って右窓に日本海が見えてきた。激浪が岩にあたって砕け散っている。冬の日本海特有の荒々しい風景だ。
 さて、12時30分頃、香住を出たあたりで席を立って最後尾に移動、カメラを持って待ち構えた。山陰本線のハイライト餘部橋梁を渡る場面を観察するためである。
 餘部橋梁とは、香住-鎧間、鎧駅に到着する直前に渡る橋。深い谷をつないでおり、高さが41.5メートルもある。長さは310.6メートルである。
 実はこの餘部橋梁は、現在のものは二代目で、最初のものが鉄橋で、現在のものはコンクリート橋となっている。
 鉄橋時代は鉄道ファン、写真ファン格好の被写体となっていて親しまれていた。老朽化等で2011年に架け替えられた。
 私は鉄橋時代に四度この橋を渡ったことがあるのだが、現在のコンクリート橋となってからは初めて。
 谷間を渡る場面で待ち構えていたのだがそれもあっという間。眼下に集落が見えた。この風景は鉄橋時代とまったく変わらない。橋を渡りきってすぐにカメラを線路の方に向けたのだが、橋を写すチャンスはなかった。また、この車両は、先頭部にも最後尾にも写真撮影に向くような構造となっていなかった。
 浜坂12時53分着。この列車の終点。ここで次の鳥取行きに乗り継ぎ。13時22分発。なお、ここ浜坂は、テレビドラマ夢千代日記の舞台となった湯村温泉への連絡駅である。ここからバスで20分くらいらしい。鳥取には14時16分定刻に到着した。
 ここから先は因美線、智頭急行線を経由して大阪へ帰った。この鳥取発大阪行きの列車は鳥取と大阪を結ぶ陰陽連絡線だが、途中、佐用に至ると雪はやんでいて、先ほどまでの吹雪とは打って変わって晴れ間も覗くほどで、陰陽の厳しい天候の違いを実感させた。
 まとめると、この日乗ったのは、大阪‐京都‐鳥取‐智頭‐上郡‐大阪となり、その総乗車距離は483.8キロだった。



写真1 吹雪の車窓風景。日吉付近で。


写真2 餘部橋梁からの車窓。一瞬のシャッターチャンス。


写真3 激浪が岩を砕く冬の日本海。久谷付近で。

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