2015/01/08

会津から越後へ

 年の瀬恒例のぶらり一人旅。27日土曜は常磐線、磐越東線、磐越西線と乗り継ぎ磐城から会津へと来て、福島県の喜多方市に泊まった。
 そして、翌28日日曜は喜多方から磐越西線をさらに乗り継ぎ会津から越後へと向かった。
 喜多方8時31分発新津行きに乗車。3両のディーゼルカー。磐越西線は郡山-会津若松間は電化されているものの、会津若松から先は未電化である。
 喜多方を出て少しすると左窓に川が寄り添ってきた。阿賀川である。列車は飯豊山地、大きくは越後山脈を越えていくのだが、この日は前日とは打って変わって快晴で、真っ白く冠雪した山々と、雪景色を映した水面がまことに美しい。
 野沢9時02分着。雪深い山間の小駅という風情だが、この駅には何と25分間も停車した。しかも、この間列車の行き違いのための交換もなかったから何のための停車だったかわからない。
 徳沢9時41分着。ここと次の豊海との間が福島-新潟県境である。県境を越えて左窓を併走する川の名は阿賀野川と変えますます大河となってきた。
 津川10時12分着、10時31分発。左窓の川の流れがまったくなくなった。ボートの練習をしている人たちがいる。ダム湖かと思っていたら、やはりダムの堰堤が見えてきた。細長いダム湖だ。
 五十島10時47分着、10時57分発。よく停まるしそれぞれ停車時間が長い。
 猿和田、五泉に至って越後平野に入ったようだ。広大な田園地帯が広がっている。そうこうして終点新津11時38分着。
 ここで昼食にしようと計画していたのだが、駅前にラーメン屋の1軒も見当たらない。改札口で弁当を売っていた年配の係に聞いても15分くらい離れているという。また、駅構内にもそば屋も見当たらない。これはどうしたことか。
 新津は、信越本線、羽越本線、磐越西線が結節する鉄道の要衝。かつては機関区があったし、現在もJR東日本の新津車両製作所があるほどで、鉄道施設は大きくも町はさほどでもないようだ。
 磐越西線は郡山と新津を結び、全線175.6キロの長大路線。ただし、郡山と新津を直通する列車は1本もなく、大半は会津若松が中継駅となっている。
 それにしても、磐越西線は喜多方から新津に至る西側半分もなかなかの絶景路線で、車窓の旅が大いに楽しめた。
 磐越東線85.6キロとつながって太平洋から日本海へと至るが、今回の旅はこの磐越東線西線を連続して乗り、その変化を楽しむことだったが、連続すると261.2キロにも及ぶものの、車窓はおよそ飽きることのない楽しいものだった。
 新津からは新潟には寄らずそのまま信越本線を上って長岡に向かった。新津発12時26分発。越後平野のまっただ中を列車は進むが、真っ白に雪に覆われた平野は実に広大だ。その大半は田んぼであろう。
 北海道で冬に汽車旅をしていると、雪に覆われた大地が、酪農であるか、田んぼや畑であるかは比較的判断がつきやすい。サイロがあれば酪農だし、なければ田畑と考えてよい。
 その意味で、この平野は見渡す限り田んぼと察せられる。さすがに米どころである。なお、その平野にぽっこり見える山は弥彦山である。
 長岡13時23分着。ここで上越線に乗り換え。13時46分発。上り列車なのにほぼ満席。帰省客というよりももはやスキー客や観光客がも多いようだった。この先は越後湯沢などと名だたるスキー場や温泉が点在している。
 また、車窓風景も大きく変化していて、純白の雪に覆われた2千メートル級の高山が連なっている。この路線もなかなかの絶景である。この先は水上、高崎などと乗り継いで家路についた。
 27日28日と2日がかりとなったこのたびの年末のぶらり一人旅。購入した切符の券面には経由線区名として「常磐・磐越東・磐越西・信越・上越・高崎線」と表示してあり、具体的には柏-いわき-郡山-喜多方-新津-長岡-高崎-大宮と一筆で巡るもの。総行程732.1キロ、運賃10,480円だった。
 この間をすべて普通列車だけで乗り終えたのだが、そう言えば、乗車券を購入した秋葉原駅の窓口では、係の女性から特急券はいらないのですかと確認され、すべて普通列車だけで巡るから必要ないと答えたら、「それはすごい」と感心された。


写真1 深閑として雪に覆われた野沢駅に停車中の磐越西線列車。


写真2 磐越西線はなかなかの絶景路線。左窓に阿賀川そして阿賀野川が寄り添って走る。


写真3 このたびの汽車旅で使った切符。総乗車距離は732.1キロ、運賃は10,480円だった。

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