2015/01/07

磐城から会津へ

 年の瀬恒例のぶらり一人旅。このたびは年末年始休暇に入った27日土曜28日日曜と泊まりがけで早速出かけてきた。本来なら大晦日が、帰省客に混じってある種寅さんにでもなった気分が味わえていいのだが、今回はそうもできなかった。
 27日上野5時10分発常磐線勝田行き電車。9番線からの発車。隣り7番線から同時刻に発車する東北本線宇都宮行きとともに、上野発各方面全列車の1番列車である。
 混んでいるわけでは決してないが、それなりに乗客がいることに驚かされた。どうやら帰省客というよりは通勤客が大半のようだ。休暇に入ったのだが、様々な事情の人がいるのだろう。
 しばらく窓外は真っ暗で、6時14分土浦に至ってわずかに白白としてきて、黒々とした稜線に赤みが差してきた。どうやら快晴のようだ。美しい瞬間で、こういうときこそしみじみと旅情を感じる。友部を過ぎて朝日が昇ってきた。
 水戸6時58分着4番線。ここで同じホーム3番線のいわき行きに乗り継ぎ。乗ってきた列車は次の勝田まで行くのだが、水戸での乗り換えが便利。待ち合わせ時間はほとんどなくて7時02分の発車。なお、上野からいわきまで直通する列車は1本もなくて、大半が水戸での接続。
 水戸を出ると勝田、日立などと沿線には工場地帯が続く。また、日立の手前で右窓に海が見えた。大きな太平洋で、太陽の光跡が海面に長く伸びている。
 8時03分大津港。次の勿来との間が茨城-福島県境である。勿来の関跡も五浦海岸も車窓からは見えない。ただし、小名浜あたりか突き出た岬が遠望できた。小さい岬だし、塩屋埼ではないはず。
 そうこうしていわき8時35分着2番線。ここで磐越東線に乗り換え。6番線から8時41分発郡山行き。乗り換え時間が短いのも良し悪しで、そばの一杯も食べられない。3両のディーゼル。
 いわきを出ると列車は少しだけ常磐線を戻るように進みやがて右にカーブしていく。2つ目の小川郷を出ると20‰の登坂にかかり、阿武隈山地へと分け入っていく。一面の雪景色で、数センチの積雪。車窓はやや平凡な風景。
 列車はまずまずの乗客で、帰省客が大半。やはりローカル線の風情で幹線の常磐線とはまるで様相が違う。
 ボックスシートにおばあちゃんと相席。80代か、人なつこくて話し好き。まるで知り合いのように話しかけている。どこまで行くのかと問うので「郡山まで」と答えたら、「それは遠い」と。実際、郡山までは85.6キロ、1時間40分の乗車である。もっとも、このおばあちゃんも船引まで行くというのだから随分と遠い。
 その船引9時52分着。おばあちゃんが下車したが、大勢の人が乗ってきた。近隣では大きな町らしい。
 船引を出ると長い下り。シダレザクラで有名な三春などを過ぎて郡山10時20分着。郡山は東北新幹線はじめ、在来線も東北本線、磐越東線、磐越西線、水郡線が往来する大きな駅で、構内には多数の側線があった。また、旧国鉄時代には機関区も置かれていたし、現在も郡山総合車両センターがある。
 この先、このまま磐越西線へと乗り継ぐのだが、ここでも乗り換えがよくて10時45分の発車。しかも、1番線ホームに行くと、すでに乗客で長い列。やっと席を一つ見つけた。いかにも帰省列車という情緒を一杯に漂わせている。
 当方は一人旅。帰省客らしさはまったくなくて、どういう者かといぶかしげに見られている様子が視線で感じる。実際、のほほんと一人旅など屈託がないわけでもない。
 列車は「あいづライナー1号」という愛称名がついていて喜多方行きの快速電車。しかも普通列車ながら特急形車両というサービス。
 郡山を出て会津へと入っていくと気候が一変した。雪が舞っている。湖畔を走っているはずなのに猪苗代湖は見えないし、磐梯山も望めない。それでも会津盆地の広大さはわかる。
 会津若松11時48分着。ここで途中下車し鶴ヶ城などを見物しようと計画していたのだが、足下が悪く計画はあっさり断念。それに会津若松にはこれまでに4度も来たことがあり珍しさもなかった。
 結局、乗ってきた列車にそのまま乗車して喜多方へ。12時06分のところ遅れて09分の発車。列車は会津若松で進行方向が反転した。大半の乗客が下車してしまい、乗客は車両にほんの数人。
 雪がいよいよ深くなり喜多方12時25分着。1日目の汽車旅はここまで。ここに泊まることとしていて、時間に余裕があるし、お昼も食べたくて街へ。
 喜多方は2度目だが、蔵とラーメンの街というのがキャッチフレーズ。100店ほどのラーメン屋があるらしく、ラーメンマップなどというのまで配っている。
 地図を見ると、幸い、蔵のある街並みとラーメン屋が集中しているあたりは重なっている。駅からおよそ20分くらいの圏内だ。
 蔵は商家のもので、現在も使われているようだ。ただ、通りには連なっているというほどのものではなく、点在しているという様子。観光資源として整備に着手したのが遅かったのかもしれない。蔵の街は全国に少なくないが、栃木市などに比べるとやや風情が弱い。
 ラーメン屋は実に数多い。軒並みラーメン屋に転業したのではないかと思われるほどに多い。
 腹も空いていたし、街を歩きながらおいしそうな(つまり客の行列のある)店を選んで2食もいただいた。
 吟味して選んだわけではなかったが、1軒目の源来軒という店は元祖喜多方ラーメンと謳ってあったが、醤油味で、麺が太かった。特色のない味だった。
 2軒目は坂内食堂。このラーメン屋は東京にも店を出しているが、澄んだスープの塩味が特徴。麺はやはり太かった。とても塩っぱかった。
 結果的には2店とも「日光の手前だな」(つまり日光の手前にあるのは今市という町だからそこからもじった勝手な表現)というのが私の率直な感想だった。これは好き好きのことだから致し方がない。


 


写真1 磐越西線車窓から見た冬の会津盆地。残念ながら磐梯山は見えない。


写真2 会津若松駅で発車を待つ快速あいづライナー。特急形車両を使用している。


写真3 「蔵とラーメンの街」というのがキャッチフレーズの喜多方の街並み。

お勧めの書籍