2014/07/08

松本博文『ルポ 電王戦』

 電王戦とは、将棋でプロ棋士に対しコンピュータが挑む棋戦のこと。
 近年、この将棋ソフトの開発が進んでコンピュータの実力が急上昇、今春に行われた第3回電王戦では、棋士側は日本将棋連盟の一流棋士を相手にさせたのに対し、ついにコンピュータの4勝1敗という結果となり、棋士側の惨敗となった。この結果は新聞やテレビ等でも大々的に報じられ、センセーショナルを巻き起こした。
 本書は、この電王戦に至るコンピュータ将棋ソフト開発の歴史と人間への挑戦の歩みをドキュメンタリー風にまとめたもの。なお、筆者も観戦記者を務めるなど将棋はアマの高段者である。
 第1回コンピュータ将棋選手権が開催されたのが1990年。6つのソフトが参加したとあり、この頃ソフトは、ルール通りに指せないソフトも多く、二歩を打つなどという珍プレーもあったという。
 それが1994年当時にはコンピュータ将棋の実力はアマ1級程度までには上達していた。そして、コンピュータソフトの開発者たちの夢はいつしか人間の名人に勝つことへと上昇していった。
 1996年当時、羽生善治が史上初めて将棋の七大タイトルを独占した年でもあるのだが、将棋雑誌が行った「コンピュータがプロ棋士を負かす日は?」とのプロ棋士に対するアンケートでは次のように回答している。
 七冠羽生善治=2015年
 永世十段中原誠=だいぶ先とは思いますが来るはず
 九段米長邦雄=永遠になし
 九段谷川幸司=私が引退してからの話でしょう
 八段森内俊之=2010年
 八段森下卓=いつかは来ると思う
 八段佐藤康光=分からない
 七段屋敷伸之=来る。ただトップには勝てない
 六段郷田真隆=いつかは来ると思う。但し、人間を越えることことはできないと思う
 などとあったとしていて、これは大変に興味深い。
 もっとも、升田幸三は、1975年のことだが、「コンピュータといえども、とても高段者に対抗できる力が出せるはずがない」と言っていたらしいが、他方、大山康晴は「機械に将棋をやらせたら、人間が負けるに決まっている」と言っていたようだから、この二人の言葉はそれぞれの将棋観が重なるようで面白い。
 一方、1997年のこと、チェスの世界チャンピオンカスパロフにIBMのコンピュータが挑戦したゲームでは1勝2敗3分けでカスパロフが負けていて、世界に衝撃を与えたが、このニュースに対し将棋界ではさほど深刻な事態とは受け止めていなかったという。それはチェスに比べ将棋は奪い取った駒を再び使えるなどと将棋は途方もなく複雑だということだったらしい。
 実際、将棋は何手先まで読めるかということもさることながら、局面を評価する大局観が将棋では肝要だとし、コンピュータはこのことが最も苦手とするところだと理解されていた。
 しかし、将棋ソフト開発者たちは、読みに関しては全幅検索、大局観に関しては機械学習という方式を採用するなどして次第に実力を上げていった。
 そして、電王戦と称して、何と日本将棋連盟会長であり米長邦雄が挑戦を受けることとなった。現役を退いたとはいえ米長はかつての名人でもある。対局料は1千万円と設定された。
2012年のことで、結果は大きく報道されて話題になったが、「残念ながら負けてしまいました」と米長が頭を下げている場面は衝撃的だった。これが後に第1回電王戦といわれた試合である。
第2回電王戦は2013年3月に第1局が行われた。団体戦ということになり、棋士側は若手からベテランまでバラエティに富んだメンバー。結果は棋士側の1勝3敗1分け。
 そして、今年の第3回電王戦へと進みコンピュータ側の圧勝となり、コンピュータソフトの強さが決定的に証明された。
 本書ではこうした闘いの足跡が詳細にルポされているが、面白いのはコンピュータソフト開発者の挑戦の強い意欲。この結果が、コンピュータソフトの技術革新を促していく。
 それにしても、ソフト開発者は高段者が多いとはいえあくまでもアマの範囲、決してプロではないのである、それなのになぜ「これほどまでに強いプログラム作れるのか」と著者自身が自問しているが、それはコンピュータ自身が機械学習をしているかららしい。
 と言われても私には理解の範囲外だが、本書を通じておかしいのは、プロ棋士はもちろん、将棋ファンも、そしてコンピュータソフト開発者たちですら、棋士たちよ負けるな、否、負けるはずがない、そういう意識が根底に流れていることで、コンピュータの進歩に人間はどのように共生していくのかと問いかけているようにも本書は読めた。
(NHK出版新書)


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