2013/12/26

アーナルデュル・インドリダソン『緑衣の女』

 アイスランドの警察小説として日本初登場となった前作『湿地』は傑作だった。そして本書はその第2弾。当然期待は大きい。
 主人公は、前作同様本作もレイキャヴィク警察犯罪捜査官エーレンデュル。そしてその同僚のエリンボルク、シグルデュル・オーリら。
 どうやらエーレンデュル・シリーズと呼んでも良さそうだが、実際、本書訳者あとがきによると、本シリーズは本国ではすでに13作が刊行されているそうで、『湿地』がシリーズ第3作、本書は第4作目にあたるということだ。
 さて、本書である。レイキャヴィクの郊外の新興住宅地で人骨が発見された。ざっと見ただけで60年か70年前のものと判断された。そうなると第2次世界大戦下である。
 周囲にはスグリの木が植わっているが、当時、このあたりにはサマーハウスがあったらしいく、丘の上の方にはイギリス軍その後はアメリカ軍のキャンプもあったらしい。
 それにしても60年以上も前の人骨である。殺害されたものなのかどうか、いったい誰なのか。シグルデュル・オーリなどは今さらそれがわかったとしてどういう意味があるのか疑問にさえ思っている。
 しかし、エーレンデュルは捜査の手を緩めない。何事もないがしろにしない地道な捜査が進む。
 この警察小説は、ミステリとしての面白さもさることながら、登場する人物たちの造型が徹底して深く掘り下げられ、時代が鋭く投影されていて、そのことで分厚い物語となっている。
 物語は丁寧に紡がれていて、現在と過去が行ったり来たりしながら進む。次第に実像が炙り出されていくが、そのためにこれが殺人事件であることと、その犯人像が絞られても行くのだが、それ以上に終盤なって秀逸な設定がなされていて、物語の緊張感は緩まない。随分とたくさんのミステリを読んできたが、これほど情感豊かな設定は経験がないほどだ。
 この物語の骨格をなしているのは、3人の子を持つ母親が、夫の異常な暴力に耐えている姿なのだが、こう書いてしまうと単純なドメスティックバイオレンスかと思われてしまうが、ここに紡がれているのはその内容がすさまじくて、現実にあることなのかどうなのか理解不能に陥るほどだ。
 ラスト近くにさしかかって、登場人物の一人が「魂を殺す行為に暴行という表現は軽すぎるわ。実際がどうなのかを知らない人が使う差し障りのない言葉よ、暴行なんて。」と語る場面は、人間の尊厳を圧殺するすさまじさがこめられている。
 ところでこのシリーズ。主人公のエーレンデュルは中年男であり、妻とは離婚していて、子どもたちとも接触がない。そしてこのエーレンデュルを取り巻く同僚たちの群像。それも私生活にまで迫って微細。描くのもミステリとはいいながら社会の実像という具合。
 こう書くと、何やらスウェーデンの警察小説マルティン・ベックシリーズに似ていると気がつく。つい最近、マルティン・ベックシリーズの『笑う警官』を新訳で読んだばかりでなおさらそう感じた。
 しかも、本書の翻訳も『笑う警官の』新訳も訳者はともに柳沢由美子だった。『笑う警官』はスウェーデン語の原書からの訳出だし、本書もスウェーデン語版からの翻訳だということ。
 新しいミステリが次々と発掘されることは、ミステリファンとしては大変ありがたいこと。今後さらに世界の様々な国のミステリが日本語で紹介されることを願ってやまない。
(東京創元社刊)


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