2013/12/09

ジャカルタ

 ジャカルタへ来ている。
 ジャカルタへは成田から日本航空の直行便で約7時間30分。7日土曜日夕方5時頃、スカルノ・ハッタ国際空港に降り立ったら蒸し暑く淀んだ空気でむっとした。赤道に近くいかにも南洋らしい。
 都心のホテルまでタクシーで約30分だった。運転手は約1時間をみていてくれということだったが、土曜の夕方だったせいか随分とスムーズだった。何しろジャカルタは慢性的な渋滞で最悪の交通事情と脅かされていたから拍子抜けしたほどだった。
 昨日8日日曜日は午前中に業務を片付けた後、わずかの時間しかなかったのだが、市内見物に出た。
 ジャカルタはもとよりインドネシアの首都。人口約1千万人で、都市圏人口としては2千3百万人にも達するらしい。都心部には超高層ビルが林立していてなるほど大都会だ。
 もう一つなるほどと納得したのは名物の渋滞ぶり。泊まっているホテルは新市街の南寄りにあって、向かった先は北に位置する旧市街。この間をタムリン通りなどと目抜き通りが南北に貫いていて直線にして約7キロ。都心を縦断したわけだから仕方がないといえばそれもそうだが、この間に約1時間を要した。片道3車線あり、この日は日曜日だったにもかかわらずこの調子だから、なるほど平日の渋滞ぶりがうかがわれた。
 道路はびっしりと自動車とオートバイで埋めつくされている。東京のみならず、ソウルや北京も上海も台北もハノイも、アジアの大都会はどこもすべて渋滞が激しいが、ここジャカルタはことのほかひどい。これほどの大都会なのに鉄道網が貧弱で、基本的にはバスしか公共交通機関がないからであろう。
 さて、旧市街。コタ地区を中心とするこのあたりは、17世紀初頭、オランダ統治の時代に開けたところ。ジャカルタがバタヴィアと呼ばれていた時代である。
 ここにファタヒラ広場というのがあって、ここを取り囲むようにかつてのオランダ東インド会社の建物などが往時のまま残っていた。西洋人が建てたものだからそれとすぐわかった。
 また、ここにはジャカルタ・コタ駅という鉄道駅があった。これも往時のもののようで、天井の高い駅舎は頭端式のホームがずらり並んでいかにも欧州の駅らしく、しかも中央駅の風情があった。
 鉄道とあれば乗りたくなるのが人情。しかし、切符売り場は長蛇の列。とてもすぐには手に入りそうにもなく、それはあきらめて、ともかく駅員に頼み込んで改札内にだけは入れさせてもらった。
 ホームが8本ほどあっただろうか、停車中の列車を見たらこれが何と古い日本の車両だった。もう数十年も前の車両で、こんなところまで来て活躍していたのだった。
 帰途はバスを利用した。トランスジャカルタといって、バス専用レーンを走る高速輸送システム。停留所も専用で、プラットホームから乗降する。専用レーンを走るだけに渋滞を横目にすいすいと走れてこれは快適だった。ただし、このバスは猛烈に混んでいた。そうしたら、目の前の青年が席を譲ってくれた。とてもうれしいことで恐縮した。料金は市内一律35円。


写真1 オランダ東インド会社本社だった建物。工事中で内部の見学はできなかった。


写真2 ジャカルタの中央駅に相当するジャカルタ・コタ駅構内の雑踏ぶり。


写真3 バス専用レーンを走るトランス・ジャカルタ。プラットホームでバス(右端)の入線を待つ人々。

お勧めの書籍