2013/11/15

水原の華城

 このたびの韓国出張中、水原(スウオン)にある華城(ファソン)に行く機会があった。華城は世界文化遺産である。
 華城は、朝鮮王朝第22代王正祖(チョンジョ)が築いた城郭。正祖はここに漢陽(ソウル)から遷都するつもりだったようだが、城郭は完成はしたものの遷都は正祖の死によって実現しなかったようだ。
 正祖は英明で孝心の篤い王として知られるが、水原への遷都も、非業の死を遂げた父の墓所近くに王宮を移したいというのが願いだったようだ。
 築城は1974年から2年余の歳月をかけ、37万人の労力を投入して行われたという。また、家臣たちにも実学者と呼ばれる優秀な人材があったようで、クレーンのようなものを開発して石組みのような重作業を合理化したという。
 こうしたところから、出来上がった城郭は堅ろうで美しいものとなったということである。
 実は、私のこういう知識は、NHKが放映した韓国の歴史ドラマ「イサン」を見て得られたもので、「イサン」は正祖を主人公としたドラマだった。
さて、ソウルの西南水原駅へはソウル駅から特急電車で約30分。地下鉄も直通していて約1時間。水原駅からはタクシーで数分のところだった。
 華城には南北に大きな城門があるようだが、水原駅に最も近い八達門でタクシーを降り歩き始めた。ここは南門に当たり西に向かって歩をとった。八達山に向かって城壁が伸びているようだ。華城は平城なのだが、この八達山が唯一丘になっているようで、これなら全体が見渡せるだろうと踏んだわけである。
 調べてみたら、華城は周囲5.7キロの城郭。現在の皇居の一周がマラソンコースとして5キロのはずだから、華城はそれより少し大きい程度。もっとも、皇居は天皇の政務と住居のためのもので、華城は城郭内は都市になっているから位置づけが全く違う。また、同じ城郭都市としてみた場合でもかつてのソウルの城郭の総延長が18キロほどというから、華城はずいぶんと小さい。城郭内に限っては政治の中心としての機能を第一に想定したからのものであろう。
 さて、八達門からはいきなり急な登り坂となる。城壁の内側に沿って登っていく。石を組んで造ったというがなかなか美しい城壁だ。
 途中に西南暗門などという軍事上の建物などがあったりして約20分ほどで西将台に。ここが八達山の頂上にあたる。ここは軍事上の指揮所だったらしいが、なるほど華城全体が見渡せる。
 左手に北門にあたる長安門が望める。城郭内は都市となっており、眼下には正祖が行幸した際の宿所である行宮が見えた。城壁や華城内の建物の大半は修復されたりして復元されているようだ。なお、これは後からわかったことだが、城壁を外から眺めるなら東側が好位置だったようだ。
 城郭は一つひとつをゆっくり見て回ると興味深いようだったし、一周しても約2時間半程度らしいが、私は時間がなくて西将台まで、つまり4分の1ほどをまわってすぐに下山した。

 


真1 華城の南門にあたる八達門。門を城壁で囲んだ構造が面白い。


写真2 延々と続く城壁。石組みがまことに美しい。


写真3 八達山の頂上にある西将台。軍事上の指揮所だったらしい。

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