2013/11/13

マイ・シューバル、ペール・バールー『笑う警官』

 マルティン・ベックを主人公とする警察小説で、41年前に高見浩訳で刊行されていたものの新訳。柳沢由実子訳。高見は英語版からの翻訳だったのに対し、柳沢はスウェーデン語の原書からの翻訳。原書もスウェーデンでは新装版が刊行されていて、このたびの新訳もそれを受けてのものらしい。
 もう40年以上にもなるのかという感慨がまずある。あの頃、警察小説というジャンルはエド・マクベインの87分署シリーズくらいなものでまだ珍しかったし、それよりも何よりも、このマルティン・ベックシリーズは、主人公マルティン・ベック刑事の沈着で緻密な捜査があり、コルベリやグンヴァルド・ラーソンなどとストックホルム警察の同僚刑事たちの群像がいきいきとしていたし、さらにスウェーデン社会の現在を鋭く切り取った描写は、単なる警察小説にとどまらないぶ厚い内容となっていたのだった。
 それで、著者の マイ・シューバル、ペール・バールー夫妻はほぼ1年に1冊のペースで本シリーズを上梓していたのだったが、その刊行が待たれるようにして読んでいたのだった。今にして思えば、今日に至るも警察小説を好んで読んでいるのは、これら77分署シリーズとマルティン・ベックシリーの影響によるところが大きい。
 さて、本書である。ベトナム反戦で揺れるストックホルム。気が重くなるような雨の一夜。郊外の停留所。運転手、乗客含め8人もが殺されているバスが発見される。軽機関銃による惨殺で、大量殺人事件である。しかも、乗客の中にはマルティン・ベックの部下のオーケ・ステンストルムも含まれていた。
 目撃証言は少なく、被害者一人ひとりの洗い出しにも手がかりは乏しく、捜査ははかばかしくもない。
 それにしても、ステンストルムはなぜこのバスに乗っていたのか。そもそも彼は非番だったのだし、自宅とも方向違いだった。かれが被害に遭ったのは偶然だったのか。
 捜査は暗礁に乗り上げ、刑事たちの意見は堂々めぐりをするばかり。
 そんな捜査が思わぬところから出たほんの一言からある方向が見いだされていく。
 本書の粗筋は覚えていた。ミステリーで粗筋があらかじめわかっているというのに、このたび改めて読んでもその面白さが損なわれることはなかった。これは希有な例であろう。じっくりと読んだが、40年経っても粗筋を細部まで覚えていたことに自分自身で驚いたほどだった。
 なお、高見訳と本書柳沢訳。40年ぶりに高見訳も引っ張り出してきてざっと目を通してみたのだったが、高見訳の方が滑らかだったようには感じた。ただ、原書は当たっていないからどちらの方が原書の雰囲気に近いのかはわからない。
 また、警察組織や登場人物たちの階級については、両翻訳間で異動があった。例えば、高見訳でストックホルム警視庁としていたものを、柳沢訳ではストックホルム警察本庁となっていたし、マルティン・ベックについても高見訳で警部となっていたものが、柳沢訳では主任捜査官となっていた。おそらく柳沢訳の方が原書に忠実なのであろう。
 それにしても、私はこのマルティン・ベックシリーズに熱中したあげくその舞台に接してみたくてわざわざストックホルムに旅行したことがあるのだが、その折り、警察本庁のあるクングスホルムスガータンのあたりをうろついたことがあり、その通り名がそのまま登場していたことには懐かしさがこみ上げてきてとてもうれしかった。
 この『笑う警官』を1冊目として今後本シリーズが柳沢訳として装いも新たに刊行されていくというからこれは楽しみだ。
(角川文庫)


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