2013/11/11

長野県溶接協会創立60周年

 先週末は8日金曜日に北九州市へ出張した後その足で9日土曜日は長野市へ出張だった。北九州からは空路羽田に飛び、東京駅から新幹線に乗り継いで長野へやって来た。随分出張は多い方だが、二つの出張が重なったためながらこのようなルートも珍しい。
 長野では、一般社団法人長野県溶接協会の創立60周年記念式典が行われた。
 昭和29年に設立された日本溶接協会長野県支部を前身とするもので、全国都道府県に設立されている日本溶接協会支部の中でも最も早く設立された支部である。
 その後、平成22年の政府による法人制度改革に際し全国の支部は分離独立しそれぞれに法人化を果たしていて、長野県でも現行の法人へと移行していた。
 実は私もこの長野県溶接協会とは関わりが深くて、駆け出しの頃に担当していたことがあってもう43年にもなる。
 当時、長野県工業試験場の機械金属部長からその後場長になられた大西俊輔さんらからかわいがっていただき溶接をたたき込まれた。それがあって今日の私のキャリアがあるものとさえ思っていて感謝している。
 長野県溶接業界の発展に果たされた長野県工業試験場の貢献は非常に大きなもので、広大な県土隅々に渡るそういう草の根的な活動があって会員数1千社を超す組織ができあがったものであろう。なお、この会員数は全国の溶接協会の中でも最大のものである。
 このことは、創立60周年に際し行われた功労者に対する表彰でも表れていて、歴代の役員などこの日表彰された受賞者は実に212人にも上ってた。
 長野といえば思い出深いのはやはり酒であろうか。長野は酒がうまい上に、皆さんおもてなしが上手で、また、酒豪が揃っていて随分と深酒をさせられた。当時はただ勢いで飲んでいただけのことだったのだが、そういう中で薫陶をいただいたものだった。
 この日の祝賀会の席上私にも挨拶する機会が与えられ、このようなことを話していたのだが、過ぎ去りし日々が走馬燈のように巡ってきたのだった。


写真1 記念式典の模様


写真2 祝賀会の模様。写真中央は善光寺木遣りの一行

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