2013/10/30

岬めぐり:禄剛崎

 禄剛崎は、能登半島の先端、日本海に突き出た岬である。半島は、西は金沢から東は富山から北へ向かって日本海に突き出していて、北へ伸びるほどに半島はまるで恐竜が起ち上がって吠えているかのようにも見え、東側に覆い被さるように富山湾と七尾湾を包み込んでいる。
 10月5日土曜日、金沢出張の帰途、能登半島の北端を目指した。
 金沢からはまず七尾線で七尾に向かい、七尾からはそのままのと鉄道に乗り継いで穴水に着いた。
 のと鉄道は国鉄分割民営化の際に第三セクターに転換された路線で、かつては、穴水からさらに北へは能登線が蛸島まで、西へは輪島線が輪島まで伸びていて、最盛期には100キロを超す路線だったが、それも現在では3分の1にまで縮小されている。
 もう20年ほど前にもなるが、初めてこの禄剛崎を訪れた際には、能登線の蛸島駅からバスで先端を目指したものだったが、その能登線もすでに10数年前に廃線となり、このたびはいったん穴水まで向かった後、すぐに引き返して七尾からレンタカーを利用した。鉄道はやはり終着駅まで乗りたいものだし、その穴水にはレンタカー会社が見当たらなかったのだった。
 七尾11時出発。初めは七尾湾に沿って、時折現れるボラ漁のものか、海にせり出した櫓などと美しい風景を眺めながら走っていたのだが、あまりにのんびりしていたせいか想定以上に時間を食ってしまい、珠洲の市街からは山間のルートに変えた。このため珠洲岬は通ることができなかった。それでも岬の付け根に着いたときにはもう午後1時近くになっていて、当初計画よりも30分以上も遅くなってしまった。
 岬の付け根には狼煙(のろし)という集落があり、同名のバス停があった。このバス停には20年前に降り立ったことがあるのだが、今回訪れてみたらバス停付近は道の駅になっていてきれいに整備されていた。かつてはいかにも寒村の行き止まりのバス停という風情だったのだが。
 バス停からは急坂を登ること10数分ほどで岬にたどり着く。頂上部分は平坦な芝生の公園になっていた。
 岬の突端には禄剛埼灯台がある。座標は北緯37度31分44秒、東経137度19分35秒である。これでわかる通り、緯度は新潟市にほぼ近い。それほどこの半島は日本海を北に向けて突き出ているということにもなる。
 灯台は背が低くずんぐりしている。白堊の石造りでなかなか味わい深い。構造の面白い灯台で、一般に灯台の光はレンズが回転して点滅するが、この灯台はレンズは固定されていて、ライトの遮蔽板が回転して灯火が点滅する仕組み。灯台好きの私でもこのような方式の例を他に知らない。このためか近代化産業遺産に指定され、日本の灯台50選にも選ばれている。なお、初点灯は1883年(明治16年)とある。
 灯塔はずんぐりとして低いが、この場所は断崖絶壁の上にある。海岸段丘によるもので、見渡せば日本海が果てしなく広がっている。この日は風が弱く曇り空だったが、灯台の説明板には晴れた日には立山連峰や佐渡島までも見渡せると表示してあり、同じくここは外浦と内浦の接点にあたるところから「海から昇る朝日」と「海に沈む夕日」が同じ場所から眺めることができると記してあった。
 また、主な都市の方向と距離を示したポールも立っていて、それによれば、東京302キロ、釜山783キロ、ウラジオストック772キロ、上海 1598キロとあり、釜山とウラジオストックが日本海を隔てて同じような距離というのもこの岬の位置を示しているようで面白かった。
 周囲に目をやれば、左右に断崖絶壁が広がっていて、崖下には千畳敷と呼ばれる洗濯岩のような海食棚が波にさらわれているのが見て取れる。
 とにかくこの日は穏やかな天候で、さわやかなそよ風を頬に受け、足元の潮騒を聴きながらいつまでもたたずんでいたい、そう思わせられるような岬だった。


写真1 能登半島の先端禄剛崎に立つ禄剛埼灯台。


写真2 周囲は断崖絶壁で、50メートルほどの崖下には洗濯岩のような海食棚が波にさらわれている。


写真3 岬の付け根にあるバス停。狼煙と書いてのろしと読む。

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