2013/10/29

美術館紀行:石川県立美術館

 金沢を訪れた際時間が許せば必ず寄るのが金沢21世紀美術館。市街中心にあり街に開かれた美術館というコンセプトが感じられてとても好ましい。先日の金沢出張の折りにも立ち寄った。ただ、この美術館は基本的に常設展というものを持たないところで、今回は企画展にも入館料を払ってまでも見ようと食指のそそるものが見当たらなかった。もっとも相変わらずの人気ぶりで、団体観光客が大勢訪れていた。
 そこで、次に足を伸ばしたのが石川県立美術館。実はこの美術館を訪れるのは初めてのことだった。
 金沢随一の繁華街香林坊の交差点から金沢城趾に向けて足を運ぶと、ほんの数分で右側に金沢21世紀美術館。ここからそのままもう少し足を伸ばすとすぐに石川県美。ここはもう城跡に入ったところで、金沢城趾と兼六園を見物したいと考えていたからちょうどよかった。
 しかも幸いなことに、美術館では「俵屋宗達と琳派」という展覧会と「鴨居玲展」という贅沢にも二つも魅力的な展覧会が開催されていた。
 どちらの展覧会も一通り見たものの、美術館側としては宗達と琳派展をメインに設定していたようだったが、やはり印象的だったのは鴨居玲。これは好みの問題だからどちらがどうということでもない。何でも鴨居玲は当地金沢市の出身だということである。
 鴨居玲の作品は神奈川近美などで見ることができるが、この展覧会では鴨居玲の作品を数多く見ることができて幸いだった。やはり出身地での展覧会ということでボリュームがあったのだろう。
 鴨居玲の絵は一度でも見た者に強烈な印象をもたらさずにはおかないが、数多く作品にしている酔っ払い姿の男の像に見られるように破滅と孤独がうかがわれるものが印象深い。
 しかし、そうした印象をひっくり返すような絵が会場の入り口に待ちかまえていた。「望郷」(故・高英洋に捧ぐ1981)と題されていて、女性の全身像が描かれている。チマチョゴリを着ているから韓国人であろうが、大きく広げた両手を握りしめ口を大きく開けて力強く何かを訴えているようだ。このような凜然とする鴨居玲の作品を見たのは初めてのことでびっくりした。
 もう一つショックだったのは、「肖像」(1985)という作品。鴨居玲自身の半身像のようで、顔がのっぺらぼうである。手には自分の顔であろうかマスクを持っている。不気味さよりも限りない孤独が感じられる。
 「1982年 私」もよくよく考えさせられる作品である。集団の中で真っ白なキャンパスに向かっているのは画家自身であろう。何を描こうとしているのかということよりも、もはや何も描けない自分を描いたものと受け止められるようでもある。
 ほかには得意とする画題である酔っぱらいの絵が数点あって、そこには喜劇性はみじんもなくてただ深遠なるうつろいを感じさせるから不思議だ。


写真1 石川県立美術館玄関


写真2 鴨居玲「1982年 私」


写真3 鴨居玲「酔って候」

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