2013/10/04

安部公房『砂の女』

 出張に持っていく本は慎重に吟味する。持参した本が面白くなかったらやりきれないし、途中で読み終わってもその後が手持ち無沙汰になる。要するに、手元に本がないと落ち着かないのである。先日の岡山出張でも持参した本は途中で読み終えてしまって、帰途に読む本がないような状態になってしまった。新書本ではあったが、読みかけではなく新しい本だったのだが。
 で、帰途に読む本を岡山の駅ビルに入っている書店で探したのだが、新刊書になかなかぴんとくるものがない。それに荷物が多くなるのも困るからできれば新書本か文庫本がいい。
 そういうことで選んだのが本書。今年は安部公房の没後20年にあたるのだそうで、この書店ではキャンペーンを行っていて平積みにしていたので目についた。
 この小説を読むのはかれこれ50年ぶりか。あの頃、三島はともかく大江と安部公房を読まない学生はいなかった。初版の刊行は1962年(昭和37年)である。
 読み返してみて、とにかく面白いのである。第一印象として、これはもう一流のサスペンスではないか、まずはそのように思った。映画も見たし、話題になった本だから粗筋は誰でも知っているほどにポピュラーなのだが、それでも新鮮なのである。
 実際、粗筋は簡単である。男が砂丘に昆虫採集にやって来たのだが、日が暮れてしまい村人の世話で泊まることになる。案内してくれたのはまわりを砂で囲まれた谷底にある一軒家。家1軒がすっぽり入る大きな穴で、砂穴の高さは家の屋根の3倍もある。地上から垂れ下げられた縄ばしごを用いなければ出入りができない。
 しかし、村人が案内してくれたことは彼らの計略で、男はこの穴の中の家に閉じ込まれてしまう。家には30前後の女がいる。家は毎日砂掻きをしなければ砂に埋もれてしまう。大変な労力が必要で、男は貴重な労働力だったのである。水や食料など生きていく上で必要なものはすべて村人の手によって地上から吊り下げられてくる。
 男はあらゆる手段を講じて脱出を試みる。しかし、相手は砂である。よじ登ることすらままならない。しかも、砂は毎日降り積もり、肌を覆い、浸食してくる。
 読んでいて緊迫感がある。はらはらどきどきする。はたして男は脱出できるのか、手に汗を握る。
 とにかく文章が濃密であり、表現は細微である。読んでいる自分にも砂がまとわりつくような不快感が伝わってくる。
 例えば、「まるで、錆びたブリキ缶が一つ、風といっしょに飛んできて、カラカラ鳴りながら体の中を通りぬけていったようだった。」「心臓が、割れたピンポン玉のように、ぎくしゃくとはずみだす。」「もっと軽い空気がほしい! せめて自分の吐いた息がまじっていない、新鮮な空気がほしい!」などとあって、修辞の多いその独特の文体に酔いしれることになる。
 それも、試みる脱出行がことごとく失敗していくと、次第に恐怖となっていく。こういうことが現実にあるかどうかといったリアリティはこの際一切気にならない。
 結末はここでは書かない。ただ、ほっとしたとだけは正直に書いておこう。
 そして、いい日本の小説を久しぶりに読んだという感慨を持った。
(新潮文庫)


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