2013/09/30

山形市

 先週末金土曜日は山形市へ出張だった。山形は久しぶり。数年ぶりか。早めについて市内を少し散策した。
 山形は山形盆地の扇状地に開けたところ。人口25万人。県庁所在地である。
 まずは山形城跡へ。駅前から徒歩10分ほど。現在は霞城公園として整備されている。奥羽本線が城跡をかすめ取るように南北に走っていて、その線路を木造の跨線橋で渡ると二の丸東大手門。かつての二の丸の正門だったところで、櫓門などが復元されている。
 城内には県立博物館などがあったが、本丸跡は復元のための発掘調査が行われている最中だった。建物は櫓にしろ御殿にしろ残っていなかったのだが、石垣と堀は美しい姿を残していた。そのまま南門から抜けて駅前に戻った。
 なお、この東大手門の入り口そばには山形美術館というのがあって、ピカソやシャガールなどと近代西洋絵画のコレクションがすばらしいのだが、今回は時間がなくて残念ながら寄らなかった。
 駅にほどなく戻って、これはさして大きな城郭でもなかったのだなと思ったのだが、これは少し早とちりだったようだ。
 つまり、昼食を取ろうと思って駅前の通りをしばらく歩いて行ったら、三の丸土塁跡などというものがあって、これは先ほどの城址公園からは随分と離れていて、そうなると、かつての山形城は相当に広大だったことに気づく。
 もっとも、山形城は最上義光が築城したところ。最盛期には57万石もあったというから小さかろうはずがない。その後城主の交代が続き、保科、松平、水野などと各氏歴代が代わった。江戸末期の水野氏の代には5万石となっていたというから、当初の規模を維持できていなかったのだろう。
 東京を出るときから昼食にはそばをいただこうと思っていた。かつても山形に来るたびに決まってそばを食べていて、その都度おいしかったし、とくに、名前は忘れたが山形大学のそばにあるそば屋のそばは驚くほど太い麺にもかかわらずおいしかったという記憶がある。
 それで、今回もそば屋に入った。更科そばとあった。薄い黄色みを帯びた麺で、表面がツルツルしているしまるで韓国風冷麺の麺かと思うほどに腰が強かった。香りもなかった。店構えなどからしてそれなりに繁盛しているような店に見えたが、残念ながら自分の好みには合わなかったし、山形のそばは素朴と私がかねていだいてたイメージにもほど遠かったのはなおさら残念だった。

 


写真1 山形の玄関口山形駅の正面


写真2 現在は霞城公園となっている山形城跡の東大手門。復元されたもの。手前を奥羽本線がかすめ抜けている。


写真3 山形城跡の南門から望んだ石垣と堀。

お勧めの書籍