2013/09/27

岩井希久子『モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん』

 副題に「修復家・岩井希久子の仕事」とあるように、修復家としての岩井希久子の歩みを中心に、絵画の修復とな何か、絵画修復の実際とはどういうものかが詳述されていて大変興味深かった。
 岩井は、当初、画家を志したようだが、父の助言もあって修復家の道を目指す。それで、画家である夫とともにイギリスに渡る。24歳だった。イギリスは修復を学問として体系化した国だということである。4年の滞英を経て帰国後、フリーランスの修復家としてキャリアを重ね今日に至っている。1955年の生まれということだから約35年のキャリアということか。
 この間、岩井が修復家としてつかんだこと。あるいは修復家としての仕事のことなど、印象深いものをいくつか拾ってみよう。
 ヨーロッパではアルチザン(職人)の重要性が認識されその地位が正当に評価されているということ。職人の地位が守られていない日本では伝統の技が消えつつあり、危機感を持たなければならないということ。
 日本には、西洋美術の修復部門のある美術館はわずかに国立西洋美術館など二三を数えるのみで、修復家の数は推して知るべし。
 修復の基本はクリーニング。その方法に各種あるが、いちばんオーソドックスなのは唾液を使って汚れを落とす方法。
 世界に現存する名画のうち、およそ8割は過去の修復によってオリジナルの状態をとどめていないという事実。
 修復というと、色を塗り直したりすると思われることがあるが、基本的に修復家がオリジナルの絵の上に色をのせることはないということ。
 修復家の仕事には、展覧会でのコンディションチェックがある。それぞれの絵には1点ごとにカルテのようなコンディションレポートがあるのがヨーロッパでは普通だが、日本ではこうしたチェックが行われていなく、コンディションレポートもなかった。
 昔の修復はニスをかけるのが常識とされていた。ニスは時間が経つと黄変する。そのニスを除くだけでフェルメールの「手紙を読む青衣の女」のオリジナルなラピスラズリのブルーがの色がよみがえった。
 やりすぎの修復がある。不適切な修復だと思われるものもたくさんある。修復は必要最低限に。
 いい修復というのは、作家の本来の表現を変えないということ。
 修復という仕事はものすごい緊張下にあるようだ。それはそうだろう。何しろ名画にメスを入れるわけだから。
 この人のすばらしいところは、仕事に創意工夫があって、新しい道具を開発し修復技術の向上を常に図っていることだろうが、それも名画を後世に引き継いでいきたいという情熱がなせるのだろうと思われた。
 本書には、本文中の各所にコラムが挿入されているのだが、これが修復の実際が具体的に示されていて実に面白い。
 筆や竹べらなどと修復の道具のこととか、修復の基本のこと、その際、補彩は溶剤で除去できるものを使うことが国際的ルールであること、名画の劣化を防ぐ「低酸素密閉」とはなにかなどとあり、最後には、額縁の選び方、絵を掛ける場所・保存する場所などと一般向きの手ほどきまであってありがたい。
(美術出版社刊)


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