2013/09/25

ピナコテーク

 ミュンヘンにはピナコテークと名のつく美術館が3館ある。いずれもドイツ国立の美術館で、中世・バロックの作品を中心に展示するアルテ・ピナコテークをはじめ近代絵画のノイエ・ピナコテーク、そして現代美術のピナコテーク・デア・モダーネの3館である。
 そもそもはバイエルン国王ルートヴィヒ一世が自らのコレクションの展示のために建築したもので、1836年の開館。国王自らの命名によるもので、ピナコテークとはギリシャ語に由来し絵画の収蔵所という意味を持つらしい。
 その後、ヴィッテルスバッハ家によるコレクションの増大とともにピナコテークも新築が繰り返され、新館にノイエ(新しい)が当てられると、最初の館にはアルテ(古い)が付されたという具合。
 ミュンヘンを訪れた最大の楽しみはこれらを中心とする美術館めぐり。何しろこれらピナコテークは世界最大規模、世界有数のコレクションといわれているのだ。
 地図で見るとこれら3館はいずれも同じところに隣接されているらしい。駅前からぶらぶらと歩いていったら迷うこともなくほどなく着いた。10数分というところか。周辺には大学などもあって閑静なところだった。
 初めにアルテ・ピナコテークから。宮殿かと思わせる堂々たる建物で、これが全部展示室なら相当ボリュームのある陳列ということになり期待が高まる。
 展示室は整然と並んで配置されていて、順が狂うことも見落とすこともなく見て回れた。美術館として設計された建物ということか、これがドイツ人気質ということか、今現在自分がどこにいるのかわからなくなるようなルーブルなどとは随分と違う。展示室は1階と2階に別れている。
 中世の絵画が大半だから当然宗教色の強いものとなる。一般の日本人、少なくとも私にとっては苦手な時代だが、それでも随分と見て回っているうちに慣れてきたのか、キリスト教を描く際の決まりみたいなものも漠然とだが少しはわかるようになってきた。
 その絵は唐突に目の前に表れた。全体の展示がそうなので特別扱いされていなかったから私にはなおさらそう思えたのかもしれない。
 ラファエロの「テンピの聖母」である。古来数多くの画家が聖母子像を描いてきたし、ラファエロにもたくさんの作品があるが、ルートヴィヒ一世はこの作品の入手に執念を燃やしたと伝えられている通りで、私にもこの「テンピの聖母」がいちばんいい。何しろマリアがイエスに頬すりする表情が愛くるしい。この絵の隣に同じラファエロの聖母子像「垂幕の聖母」も展示されていて、どちらも甲乙つけがたくすばらしいのだが、その先は好き好き。
 さらに、ダ・ヴィンチの「聖母子」もあったが、聖母子像ということではラファエロが断然いい。
 ドイツ絵画のコレクションも充実しているが、その中で注目していたのはアルブレヒト・デューラーの「自画像」。随分前に画集で見て惹きつけられていて一度は実物の前に立ってみたいと念願していたものだった。デューラー28歳の折りの作品で、真正面を凝視する姿は自らのアイデンティティを追求しているかのようだ。いつだったか姜尚中がNHKテレビの美術番組で、人生観が変わった1枚と評していたが、なるほどそういう存在感が感じられる作品だ。
 次に入ったのが道を隔てて隣にあるノイエ・ピナコテーク。こちらは近代絵画の展示だが、これもすばらしいコレクションだ。当時はそれこそ現代美術だったのだろうが、これらをいち早く蒐集したルートヴィヒ一世の審美眼には驚嘆するばかりだ。
 モネ。セザンヌ、ゴッホなどと印象派を筆頭にヨーロッパ近代絵画好きには垂涎のコレクションだが、1点だけ選ぶとすればセガンティーニのアルプス風景(原題未詳)か。この画家の作品はスイス・サンモリッツのセガンティーニ美術館で見たことがあるのだが、ほかでは見る機会が少なくて貴重な機会だった。
 この日はここまで。美術館のはしごも2館が限度。疲れるし、2館目はことに印象が薄くなる。
 翌日出直してまずはピナコテーク・デラ・モダーネ。現代美術のコレクションだが、実に大きな建物。何でも展示面積はアルテ・ピナコテークの2倍もあるというから驚く。現代美術を専門にこの規模は世界的にもトップクラスではないか。絵画ばかりか建築や工業デザインの作品などにもコレクションは及んでいてそうなったものかもしれない。
 絵画の中で断然気に入ったのはピカソの「ソーラー夫人」。ピカソ青の時代の作品だが、ピカソらしくもありピカソらしくもなく、由来を知りたくなる不思議な味わいだ。
 さらに、この日はもう一つ足を伸ばして、といってもほんの5分ほど離れているだけだが、レーンバッハハウス美術館にも立ち寄った。レーンバッハという人の屋敷を美術館にしたのでこの名がついたようだが、私立とは思えないほどカンディンスキーやら近代絵画のコレクションがすばらしかった。


写真1 3つあるピナコテークのうちの一つアルテ・ピナコテークの壮大な外観。


写真2 鑑賞態度は自由。写真を撮るもよし、合評もよし。しかし静粛で、日本の美術館のように騒々しさはかけらもない。学校教育のための参観もよく見かける姿。


写真3 ラファエロの「テンピの聖母」。世界の聖母子像の中でもっとも好きな作品。(ケースのガラスへのライトの反射を防ぐためにわざと横から撮影した)

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