2013/09/10

廃線跡紀行:下津井電鉄

 先週は1週間にわたって岡山県に出張だった。前半9月2日から4日までが岡山市で溶接学会全国大会に参加した後、後半5日から7日までは倉敷市で溶接協会の会議に出席した。二つの出張が同じ岡山でつながったわけだが、出張の多い私としてもこういうことはなかなか珍しい。
 倉敷市での会議の会場は鷲羽山の懐にあるホテルで、ここは市町村合併で行政上倉敷市に編入されたものの、かつては児島の下津井地区だったところ。
 9月5日、早めにホテルにチェックインできたので、折角の機会なので下津井電鉄の廃線跡を散策してみた。
 下津井電鉄は、かつて宇野線の茶屋町と児島の下津井を結んでいたローカル私鉄。全線21.0キロだった。
 まず、下津井駅跡を訪れた。2面のホームと2両の車両が留置されていた。ほかに周辺にはアーチ型の屋根がかぶった車庫があったり、側線に貨車なども留置されていたし、すでに駅舎は取り払われているが、ホームには駅名標もあって往時を偲ばせていた。
 私はかつてこの路線には乗ったことがあるのだが、私の記憶も茫漠としていて、駅跡同様におぼろげだった。ただ、軌間が762ミリの狭軌だったことだけは覚えている。
 駅のすぐ目の前が下津井港で、かつてはここから四国の丸亀とを結ぶフェリーが出ていたはずだったが、その名残は見られなかった。
 ここはまた北前船の寄港地だったところで、港周辺には廻船問屋の建物が残った通りなどもあってなかなか風情のあるものだった。また、目を上げれば頭の上に瀬戸大橋を構成する橋の一つ下津井瀬戸大橋の長い吊り橋の橋桁が迫っていた。
 下津井の駅からは児島・茶屋町方面に向けて少したどってみた。
 下津井の次が東下津井。ここもホームが一部残っていた。その先は旧坂とトンネルが続いているため迂回して次に目撃できたのは阿津駅跡。片面1線のホームが残っていた。また、錆びてはいたが鉄製の架線柱のうち数本がそのまま残っていた。周辺は住宅地のようで、軌道跡に沿ってきれいな花が植えられていた。
 そういえば、この軌道跡は倉敷市に寄贈され、「風の道」として市民に開放されているという。なるほど、散策したり自転車で通り過ぎる人の姿が目撃された。
 なお、私は鉄道好きではあるが、廃線跡を好んで歩くことまではしていないものの、こうして廃線跡を訪ね歩くこともなかなか情緒があっていいものだった。


写真1 下津井電鉄下津井駅跡。ホームには駅名標も残っていたし、客車が2両留置されていた。


写真2 下津井港をまたぐ下津井瀬戸大橋。


写真3 下津井電鉄阿津駅跡。軌道跡は遊歩道となっていた。

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