2013/09/09

ジョン・ル・カレ『われらが背きし者』

 読み始めてすぐに、話の輪に途中から入っていくような戸惑いを感じた。それに小説のページの進みと実際の時間の流れが込み入っていて当初ストーリーがつかみにくかった。だから、およそ小説ならば最初の30ページも読めば後はだいたい乗ってくるものなのだが、およそ100ページほども、それも精読しなければ物語に乗り込めないのだった。
 ストーリーは簡単である。オックスフォード大学のチューターの職を辞して新しい人生を模索していたペリーは、恋人の弁護士ゲイルとカリブ海に季節外れのバカンスに出掛ける。
 そこでペリーは、ロシア人のディマとテニスの試合をすることになるが、ディマにはテニスとは別の狙いがあってペリーに接触してきたのだった。つまり、ディマはロシアマフィアのマネーロンダラーであって、ディマとその家族をイギリスに亡命させてくれたら、ロシアマフィアに関する情報を提供する。ついてはイギリス情報部との仲介をとってほしいと依頼される。
 ペリーとゲイルはイギリスに帰国して早速情報部と接触する。情報部はペリーらがもたらした情報を精査してディマの要求に対応することとした。応対したのは、情報部内で一匹狼的存在として知られる古参のヘクターとその子飼いルークやイヴォンヌ、オリーらである。
 要約すればたったこれだけのストーリーだが、ジョン・ル・カレが費やしたページ数は実に単行本500ページである。
 だから、本書をスパイ小説あるいはミステリーとして話の筋だけに興味を持って結末を気にしながら読み進んでいったならおそらく途中で挫折する。
 とにかく描写が細微で、とくに登場人物の心理描写はまるで心理劇を読んでいるような微細さだ。それがスパイ小説とあれば読み手としても一言一句ないがしろにできないわけだし、それを飛ばすように読んでいたのでは文脈の意味が不明になってしまう。
 そこで、いったんジョン・ル・カレの計略にはまって一行一行を丁寧に読み進んでいくと、これはスルメみたいなもので味わいが増してくる。
 ジョン・ル・カレといえば、『寒い国から帰ってきたスパイ』などで知られるが、本書はまたいかにもイギリスの小説らしく文章を一語一語紡ぐように書かれていて高級な小説を読んでいるような味わいがある。
 だから、本書は秋の夜長か冬の炉端ででも読むのがふさわしい。そういえば、本書の刊行は2012年11月で、刊行時点で購入はしていたのだが読みそびれていたのだった。それで、暑いさなかに読んだのは趣が多少は削がれてしまったのかもしれない。
(岩波書店刊)


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