2013/08/26

芝浦工場お別れ会

 当社発行の『溶接ニュース』や『検査機器ニュース』の印刷所である廣済堂新聞印刷事業部の芝浦工場が9月には新木場へ新築移転することとなり、閉鎖を前に芝浦工場お別れ会が一昨日8月23日同工場で行われた。
 この芝浦工場が完成したのは1970年で、当初は当社産報出版の新聞印刷部門の子会社産報印刷だったものだが、その後この子会社は印刷大手廣済堂の傘下に入って現在に至っている。
 私はこの芝浦工場とは当然のことながらつきあいが深い。当時はまだ駆け出しの頃で、当時本社は秋葉原あるいは浜松町にあり、整理部門が印刷所に置かれていたせいもあり原稿を持たされて足繁く通っていた。
 当時はもちろん活版印刷の時代で、原稿整理から割付、文選、大組などといった新聞制作の流れを勉強していた。私の原稿は悪筆で、整理部の人のみならず文選など印刷現場の人たちの間でもだいぶ悩ましたようだった。
 現在は新聞制作は完全コンピュータ化されていて、原稿から印刷に至るまでデジタルデータのやりとりだけで済むようになっている。また、整理部門も社内に置かれているし、自動組版システムも採用されているから、今や本社の人間が印刷所に出向くとなどということは滅多にない。
 つまり、印刷されるばかりにきれいに仕上がった新聞がページ単位で印刷所にコンピュータで送られるわけだから、印刷所は社内はもとより本社の近くにある必要もないわけで、最近の若い記者たちは印刷の工程を知らないままで過ごしているのではないか。
 この日のお別れ会には、芝浦工場のOBの人たちや私のような顧客の立場のものもいてにぎやかに歓談した。
 ただ、私自身も自分で印刷所に出向くようなことがなくなってもう数十年にもなるし、いわんや足繁く通っていた駆け出し時代の人たちには物故された方々も少なくないようだった。



写真1 かつて文選や大組だったところ。現在はコンピュータの端末があるだけ。


写真2 お別れ会の模様


写真3 芝浦工場外観

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