2013/08/20

北川智子『異国のビジョン』

 『ハーバード白熱日本史教室』で一躍脚光を浴びた新進気鋭の日本史学者による紀行エッセイ。
 著者のこの旅はアムステルダムに始まり、ボン、パリ、ウィーン、ミラノとヨーロッパの諸都市を一つの旅として連続して巡り、それは約半年の長きに及んだ。
 また、その旅は自らのキャリアを振り返る旅でもあって、まずはこの著者のキャリア形成が面白い。
 1980年生まれ。高校を出てカナダ・バンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア大学に入学。専攻は数学。在学中、アルバイトで同じ大学の日本史教授のアシスタントをするようになって俄然日本史に興味を持つようになり、大学院ではアジア研究で修士を取得。さらに進んでアメリカに移りプリンストン大学の大学院で歴史学を専攻し博士号を取得。
 学位取得後は2009年からハーバード大学に教職を得、日本史の教鞭を執る。その模様は冒頭の前述書に詳しいが、同大学のテーィーチング・アワードを3年連続で受賞したりする活躍ぶり。現在はイギリスに拠点を移しているという。
 そして著者は、バンクーバーに始まりアメリカに移ってニューヨークからニュージャージー州ケンブリッジへと進んだ約15年にわたるキャリアアップの移動も旅と位置づけていて、本書で著者は、欧州紀行を現在進行形で、キャリアを積み重ねてきた北米移動を過去形で交互に綴っている。
 では、日本の歴史家である著者がなぜそんなに旅をするのか。「それは、自分を国から離すことで見えてくることがあるからであり、日本歴史は今、世界の歴史として書かれている時代だからである。遠くに離れれば離れるほど見えてくるもの。それは客観的な日本であり、世界の一部としての日本である」と答えている。そのことはすなわち副題になっている「世界のなかの日本史へ」ということなのだろう。
 本書で繰り返し述べられているキーワードがいくつかある。
 その一つがマルチカルチュアリズム(著者は多文化主義と訳している)で、様々な人種様々なバックグランドの人々が一つの場所で共存する上で必要な国際理解と、共存を願う考え方のことを指すらしい。
 そして、これまでの日本史は外国人が外国にあって研究する日本史と、日本人が日本で研究する日本史と二つのパラダイムができてしまっていると指摘、マルチカルチュアリズムが求められる場所ではもはやどちらの日本史もそのままの形で受け入れられることはないと展開している。
 ヨーロッパをめぐる旅で、著者は各都市を自分の足でせっせと歩いている。寄り道もするが欲張りでもない。絵が好きなようで各地で美術館に寄っているし、コンサートにも足を運んでいる。
 旅は極めて思索的だが、学者とはいっても30代前半の若い女性が、好奇心いっぱいに動き回る様子は好感が持てる。とくに第一印象を大事にするところなどは面白い。今後こういう学者が増えてくればそれこそマルチカルチュアリズムの風潮が日本にも根付いてくるのかもしれない。
 ただ、著者はプリンストン大学の時代に国連本部で行ったインターンの経験から、国連総会における各国代表のスピーチはそれぞれに歴史認識が食い違い、「そして歴史もまた、見方によって大きく変わるプリズムの中の光の道筋のようだ」と述べていて、そうだとすると、このことは極めて政治的なことだが、中国、韓国と日本が歴史認識問題で激しくやり合っている今日の状況のなかで、マルチカルチュアリズムの視点に立てば、歴史認識問題はどのように収斂されていくのだろうか、そう思ってもみたのである。
(新潮社刊)
 


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