2013/07/30

池澤夏樹『終わりと始まり』

 朝日新聞夕刊に2009年4月から2013年3月まで4年間にわたり月1回合計48回連載されたコラムが収録されている。
 現代日本を代表する知識人によるエッセイだが、場が朝日ということもあって社会時評という色彩の濃いものとなっている。
 取り上げたテーマが、イラク戦争、地球温暖化、普天間基地、水俣などとあって、問題に対し慎重に調査した上で現実に対する深い洞察を示している。だから内容は極めて思索的である。
 ただ、3.11以降は当然のことながら大震災と原発事故に対する論評が繰り返されることとなる。
 そして、池澤は、これらのテーマに直面し論理的に自分の意見を構築するのは知識人としての責務だとさえ述べている。
 池澤は、3.11から直ちに行動を起こし、たびたび被災地を訪れ、時には取材を行う、時にはボランティアとして活動を行ったりしてきたようだが、いずれにしても被災地に身を投じたものでないと得られない心温まるエピソードの数々を選んで探し出してくれているし、温かい眼差しで被災者に寄り添う姿が読むものの心を打っている。ただ、このたびの3.11は池澤にして抱えきれないものを抱えてしまったというようなことだったのかもしれない。
 池澤は、何年かに一度は移動していないと飛行機が失速して墜落するように高度を失って地に落ちてしまうと自分を語っていて、これまで、ギリシャ、東京、沖縄、フランス、札幌と移住してきているが、どうも沖縄に行ったあたりから政治的になってきた、長年彼の本を読んできたものとしてそういう印象が強い。それは日本の文学者としては少ない例の方だろうが、沖縄に住んでしまっては否応のないことだったのだろう。
 その池澤が、沖縄についてどきっとするような論調を張っている。
 すなわち、「日本人の大半は沖縄人を別種の人間と見なしている。……差別といっても、日常の場でちょっと嫌いとか、あいつはねとか、そのレベルの差異感ではない。このカテゴリーの人たちは同じ日本国民でも一段下だからこれくらいの負担は当然、という思い込みが一都一道二府四十二県の側にある。その現物が普天間でありオスプレイなのだ。」と。
 ちょっと廉直すぎるようにも感じられるが、意識下のモンタージュを目の前にさらけ出されたような戸惑いもある。
(朝日新聞出版刊)


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