2013/07/24

千歳線と石勝線

 先週は7月17日から20日まで北海道を4日間にわたり鉄道で旅行した。北海道にはほとんど毎年のように様々な季節に出掛けているのだが、夏の北海道は実は10年ぶり。鉄道も北海道全線を余すところなく1回以上は乗っているのだが、今回は日頃手薄になっているようなところを選んで乗ってきた。
 北海道の鉄道発達史を考える上で重要な位置づけを担っているのが千歳線と石勝線。
 千歳線は函館本線の白石と(列車はすべて札幌発着)南千歳を経て室蘭本線の沼ノ端を結ぶ路線で、石勝線は南千歳から室蘭本線の追分を横切り根室本線の新得を結んでいる。
 千歳線の開通によって函館本線の長万部 小樽間と室蘭本線の沼ノ端‐岩見沢間がローカル線になったし、石勝線ができたことによって根室本線の滝川‐新得間が同様の地位となった。
 そしてこの千歳線と石勝線が連続することによって北海道の鉄道地図が大幅に塗り変わり、道央と道東が劇的に短絡する現在の鉄道網となったのである。
 7月17日。札幌10時20分発スーパーとかち3号帯広行き。千歳線と石勝線は連続しており、南千歳からは石勝線となる。
 曇り空のせいか少し肌寒い。蒸し暑かった東京から来た身としてはとてもありがたい。沿線には北の大地が広がり、早くも北海道に来たという実感を強くする。収穫直前なのだろう、麦畑が黄金に色づいている。
 新夕張を出て長いトンネルの連続となった。このあたりは夕張山地の南端に位置し、狩勝峠越えは長らく鉄道の敷設すら阻んできた難所で、石勝線が全線開通したのはわずか32年前の1981年のことである。
 北海道最長のトンネル(青函をのぞく)である新登川トンネル(5825メートル)などを抜けると占冠(しむかっぷ)で、次のトマムと続けて停車した。トマムは北海道で標高最高地点の駅で、このあたりはいわば北海道の屋根と言えるだろうか。
 なお、この石勝線の新夕張‐新得間は面白い区間で、普通列車は1本もなくすべて特急列車による運行。つまり、占冠とトマムには特急列車しか停車しないのである。これは何も乗降客が多いからという理由では全くなくて、逆に普通列車を走らせるほどの営業が見込めないからであり、この日も両駅ともに利用者は一人もいなかったくらいである。
 また、石勝線に乗っていて気づくことは信号場の多いこと。これはこの区間が単線である上に各駅の駅間距離が長いからで、本線上に待避線を設けて行き違い列車を通していることによる。
 さて、トマムを出た列車は少しして新狩勝トンネルへと進んでいく。そしてこのトンネルを抜けたあたりから新得に至るまでが長い下り坂となっていて絶景区間である。かつて日本三大車窓といえば狩勝峠がその一つだった。今はそれも路線変更によって消えてしまってはいるが、この区間の雄大な景色は新絶景車窓といってはばからないすばらしさである。新得12時28分着。そのまま乗り続けて帯広13時00分着。
 なお、石勝線の途中、新夕張で途中下車し、夕張まで往復してきた。新夕張‐夕張間は石勝線の支線で、全線16.1キロ、駅数は起終点を含め6駅である。
 7月18日。新夕張9時03分発夕張行き。1両のワンマンカー。乗客は5人。新夕張を出るとすぐに左にカーブし夕張川を渡って北上していく。あまり変化のない風景を眺めながら夕張9時29分着。
 この駅に降り立つのは2度目だが、かつてはもう少し街の中心街まで伸びていたはずで、今は街外れに引っ越している。
 駅舎は時計台のついたしゃれた建物だが、ホームは片面1線の寂れたもので、降りた乗客も私のほかには一人しかいなかった。
 駅前には立派な大きなホテルがあったが、どのように使われているのか不思議なほどだった。また、初めて訪れた折りには街の中をうろついたのだったが、がらんとした街並みは炭鉱で栄えた町が急速に廃れていっている様子を写しているようで寂しかった。

 


写真1 新狩勝トンネル‐新得間は北海道の雄大さが広がる絶景車窓。


写真2 鉄道の要衝新得駅


写真3 しゃれた駅舎の夕張駅

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