2013/07/10

室戸ジオパーク

 先日の室戸岬を訪ねた折りのこと。
 徳島県境に近い甲浦駅前から乗ったバスは、室戸岬停留所で降りた。
 四国の地図を頭に思い浮かべてみよう。すると、四国はまるで猪のようにも思われる。瀬戸内海側には東西に二つの瘤がついていて、西の瘤のあたりが松山で、東は高松に位置する。佐田岬が鋭い牙であろう。お尻のあたりは徳島である。太平洋側には前後の足を力強く太平洋に突っ立てている。両足を広げた真ん中が高知である。
 室戸岬はその右側の足に位置し、紀伊水道と土佐湾を隔てるように大きく太平洋に鋭く突き出ている。
 降り立ったこのバス停はちょうど室戸岬の先端にあたり、紀伊水道側と土佐湾側を二等辺三角形とする頂点に位置する。バス停は岩礁がごろごろする波打ち際にあり、周辺は遊歩道が整備されていた。
 この停留所でバスを降り立ったのは今回が3度目。初めて降り立ったのは1988年だったからもう25年も前のこととなり、前回が1996年6月15日だったから、あれからも17年になる。
 思い起こせば、あの頃は全国の岬を訪ね歩いていたものだった。それで、日本全図のような大きなスケールの地図に載っている岬はそのほとんどを踏破している。
 かつて、停留所の前には国道55号線に面して小さな売店があった。80歳くらいのおばあさんが店番をしており、2度目の時もお元気だったからとてもうれしい気持ちになったことを鮮明に記憶している。初めて訪ねた折りのこと。測候所までの道のりと尋ねると、きつい登り坂を1時間ほどもかかるし歩いて行くのは辛いと。そこで、電話を借りてタクシーを呼んだのだった。2度目もそうしてタクシーを呼んだ。
 そしてこのたび同じようにバスを降り立ったら、あるかと期待していた売店はすでになくなっていて、おばあさんもいなかった。考えてみれば、おばあさんはご存命なら100歳にもなっているはず、うっかりしていた。
 それで、売店のあたりには「室戸ジオパークインフォメーションセンター」 という看板が掛かった事務所となっていた。何はともあれタクシーを呼ばねばならず、ここで前2回と同じようにタクシーを呼んでもらった。
 タクシーでまずは岬で最も高いところにある室戸岬測候所に向かい、そこからは最御崎寺(ほつみさきじ)、室戸岬灯台と見学しながら徒歩で降りてきた。
 再びジオパークインフォメーションセンターを訪ねたところ、ジオパーク活動のことやら室戸岬のことなどお話を伺うことができた。
 それによると、この岬は海底火山が隆起してできたのだとのこと。一般に、砂浜は沈下してできることが多く、岬は隆起したものと言えるようだった。
 そもそもジオパークとは、地球科学的に貴重な自然遺産や周辺の文化遺産を含めた保全や教育を行っている活動のことで、ユネスコの支援を受けた世界ジオパークネットワークが審査して認証する仕組みが設定されている。
 現在、わが国では洞爺有珠山、糸魚川、島原半島、山陰海岸にここ室戸を加えた5カ所が世界ジオパークに認定されている。
 室戸ジオパークの特徴は、地球のダイナミックな営みによって生じた地質や地形を見ることができるほか、珍しい亜熱帯植物や海洋深層水などにも直接触れることができること。
 インフォメーションセンターではお茶まで振る舞ってくれ、このようなお話を伺っていたら、うっかりバスの時間を失念してしてしまった。時間通りの運行ならわずか数分前に通過してしまったようだ。
 この先は土佐くろしお鉄道の始発駅奈半利まで向かう予定。しかし、次のバスは2時間後までないし、奈半利駅まではバスで約1時間の道のり。
 それで頭を抱えていたら、インフォメーションセンターの女性が、先行するバスを自家用車で追いかけてくれるという。大変恐縮だったのだが、お言葉に甘えてそのようにさせてもらった。
 ただ、すぐにでも捕まるかと思っていたバスにはなかなか追いつけず、道程の半分ほども行ったあたりでやっと追い越したのだった。
 室戸ジオパークインフォメーションセンターの懇切な対応と、土佐の女性の親切さにただただ感謝して室戸をあとにしたのだった。


写真1 海岸から室戸岬を仰ぎ見たところ。てっぺんに室戸岬灯台がかすかに望める。


写真2 室戸岬先端あたりの海岸。岩礁がごろごろしている。


写真3 大変お世話になった室戸ジオパークインフォメーションセンター。左の銅像は幕末の志士中岡慎太郎。

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