2013/06/12

名庭?珍庭?

 散策のルートはいつもの公園ばかりではなくて、喧噪な駅前に足を踏み入れることはないものの、駅周辺に広がる住宅街の中を歩くことも多い。そういうところでは、垣根越しに庭に咲く花を眺めるのも楽しいこと。もちろん、のぞき見るようなはしたないことまではしないが。
 それで、気に入っているコースがいくつかあるのだが、その中の1つに、あるお宅を通るルートがある。
 そのお宅の庭が実にすばらしくて、いつも通るたびごとに立ち止まって眺めさてもらっているほどである。
 といっても、その庭は庭木が見事だとか、花がいっぱい咲いているとかそういうことでは全くなくて、庭一面が芝生だけなのである。
 このお宅は、敷地の南側に寄せて家が建っていて、残るはすべて庭で、面積にして40坪歩ほどか。建物のそばに低木の細い苗木が2本だけ植えられている。
 ここまでシンプルだと、これはこれで見事で、感心するほど。見ていると心が安らぐようにも感じられるから不思議だ。ある種、禅の世界のような趣もあるが、この家の主人には明確なメッセージがあるのだろう。
 この日は、幸い、ご主人が芝刈りを行っていた。ただ、芝刈り機ではなくて、剪定ばさみというのだろうか、そういうもので刈り込んでいた。
 なぜ、芝刈り機を用いないのですかと尋ねたら、芝も10センチほども伸びてしまうと、もう芝刈り機では絡まってしまって使えないのだという。それで、はさみで刈っていたのだが、庭は広いしとても大変そうだった。
 実際、芝生の手入れはなかなかやっかいなのだそうで、とくに梅雨時のようなこの頃では、2週間と間を空けられないのだといい、追い立てられるようだとも。
 もっとも、通りがかりに漫然と眺めているだけの当方としては、庭の手入れが面倒で横着な人なのだろうと勝手に思い込んでいたのだが、「とんでもない。これほど手間のかかる、やっかいな庭もないのだ」ということだった。
 それで、どうして一面を芝生だけの庭にしたのですかと伺ったら、「ご覧になった通りです」と笑っていた。このご主人、50前後か、やっぱり何か禅問答みたいになってきた。

 


写真1 一面が芝生だけの庭


写真2 芝生も10センチにも伸びてしまうと芝刈り機は使えない

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