2013/06/05

旦敬介『旅立つ理由』

 表紙が楽しそうだし、ぱらぱらとページをめくったら、所々にも明るい挿絵(イラストレーション門内ユキエ)が入っている。目次を見ると、どうしてジェラバを着ないのか、マンディンガの潜水少年たち、初めてのフェイジョアーダ、マリオのインジェラ屋などと21の話が並んでいて、知らない言葉が多く見当もつかないのだが、何か面白そうだし、それで手に取った。
 旅の舞台も聞いたこともないようなところが少なくない。
 タンザニアの一部でインド洋に浮かぶ島ザンジバル、グアテマラから国境を越えた町ベリーズ、植民地時代のブラジルの首都バイーア、メキシコ湾岸の町マンディンガ、ケニアとウガンダの国境の町マラバ、ケニアの首都ナイロビなどとあって、さらにキューバのハバナ、ポルトガルのリスボン、スペインのオレンセなどと広がる。
 こうして地名を拾っただけでも随分とあちこちに旅してきたことがわかる。
 しかも、この旅はこれらの町を単に訪ねたとか、通りかかったとかいうようなものではなくて、少なくとも数日、大半は数週間、あるいは半年や数年などと滞在していて、この間には結婚したり離婚したり、子どもをつくったりもしているようなのだ。
 それで、放浪かというとそうでもないし、破天荒ではあるのだろうが、極めて常識的に振る舞っているのである。
 かつて世界を夢見る若者を虜にした旅の本というと、沢木耕太郎の『深夜特急』があり、最近では中村安希の『インパラの朝』などと傑作があるが、本書はどの系譜にも入らなくて、母語の外への移動が、すなわち訪れたその地の生活となっている特徴があり、だから、行き先々の人々との交わりがとてもナイーブに伝わってくる面白さがあった。
 どれも印象的なストーリーなのだが、その中から一つ。
 「キューバからの二通の手紙」は、思わぬことで託されることになった2通の手紙の話。
 1通目はシェゴ・デ・アビラという町の駅でのこと。日本人の父子がサンティアーゴ行きの列車を待っていると大雨の影響で大幅な遅延。いつ到着するかもわからなくて途方に暮れていたところ、駅員がうちで待ったらどうかと誘ってくれた。
 駅員の家に着くと、「日本人デスカ?」と不慣れな日本語で呟くように聞いてくるおばあさん。
 このおばあさんは、「もう日本語はほとんどしゃべれなくなっていたが、自分の足で歩いてキューバに移住してきた日本人一世なのだった」。1929年、7歳の時にやって来たのだという。
 で、託されたのが10年ほど前に姉から届いた手紙への返事。おばあさんはもう日本語は読めないし、町にも日本語の読める人はいなくてしまい込んだままだったのだ。
 もう1通は、キューバを東から西へと横断した旅の終点バラコアでのこと。この町を散策していると、若い女性に声をかけられる。日本人の恋人が半年前に日本に帰ったきり連絡がないのだという。それでその恋人へと手紙を託されたのだった。
 日本に帰って宛名を調べたりして2通の手紙を短い添書をつけて発送したのだったが、「どちらの手紙をも宛先不明で返送されることもなかったので、無事届いたのは間違いなかった。それきり彼の元には何の音沙汰もなかった」と。
(岩波書店刊)


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