2013/05/28

HPI創立50周年

 HPI(一般社団法人日本高圧力技術協会)の創立50周年記念式典が先週の金曜日24日、東京・神田錦町の学士会館で盛大に挙行された。
 HPIは1963年(昭和38年)の設立で、初代会長となった木原博東大教授の指導で発足したのだったが、以来、圧力容器の製造にかかわる高圧技術を中心に技術基準の確立はかり、その後、石油貯槽へと活動範囲を広げ、さらに近年では設備診断士の要因認証を手がけるほか、リスクマネジメントや補修技術にも展開するなど幅広く活動を行ってきている。
 HPIとは当社も設立以来関わりが深くて、式典に出席しながらこの間の推移を自分なりに思い起こしていたが、やはり大きかったのは木原先生の存在だった。
 HPIの生みの親である木原先生は、当時、産業界の育成と技術の向上普及に強力な指導力を発揮していて、このために日溶協(日本溶接協会)を皮切りにNDI(日本非破壊検査協会)を設立、続いて創設したのがHPIだった。この3協会はいわば兄弟みたいなもので、これに溶接学会と軽金属溶接協会を加えた各団体が揃って秋葉原で活動しているというのも木原先生の磁力の強さを物語るようなものであろう。
 木原先生は、安定した協会運営に要因認証の重要性に着目されていたし、会誌の発行にも尽力されていた。その会誌ということでは、当社は創刊されたHPI誌『高圧力』の制作に何かと協力をさせていただいていた。
 また、木原先生は、協会の活動基盤の確立のために国際会議の重要性を承知していて、その誘致を活発に行っていた。
 溶接業界の発展を考える上で1969年のIIW(国際溶接学会)年次大会京都開催が大きなターニングポイントとなったように、国際非破壊検査会議の開催がNDI発展の起爆剤となったし、HPIにおいても1973年に開催したICPVT(国際圧力容器研究会議)の成功がその後の歩みに弾みをつけたことは間違いないであろう。
 さらに、木原先生は、HPIの安定した運営にも腐心されていて、自ら事故調査委員長を務めた水島製油所事故を契機として石油貯槽の安全確保に向けた活動をHPIに取り込んできたりもしていたのだった。HPIが高圧力を名乗りながら、常圧の石油貯槽にも踏み込んでいるのはこうした経緯によるものだった。
 木原先生のもとには優秀な研究者や技術者が多数結集してきているのが常だったのだが、それは木原先生の魅力でもあったのだろうし、とくにHPIにおいては金沢武先生や飯田国広先生を筆頭に個性ある人材が揃っていて、開放的な運営と相まってHPIは良き技術者集団のような様相だった。
 


記念式典の模様


記念祝賀会の模様

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