2013/05/23

秋葉神社

 現在の秋葉原(あきはばら)の地名の由来は、この地に秋葉さんと呼んで親しまれていた神社があり、その社域周辺を秋葉っ原(あきばっぱら)と呼んでいたことにちなむとされる。
 そもそもは、鎮火社という名で1869年(明治2年)に現在のJR秋葉原駅構内に創建されたのが始まり。前年の大火を受けて勧進されたもののようだ。
 一方、全国には火伏の神として広く信仰されている秋葉大権現(あきはだいごんげん)を祭神とする秋葉神社(あきはじんじゃ)が数百社もあって、いずれも秋葉山本宮秋葉神社(あきはさんほんぐうあきはじんじゃ)を起源としている。
 秋葉原に創建された鎮火社は直接秋葉大権現とは関係はなかったのだが、地元では鎮火社を秋葉大権現が勧進されたものと誤解し、秋葉様あるいは秋葉さんと呼んでいたもののようで、鎮火社はいつしか秋葉社と呼ばれるようになり、それが地名の由来となったもののようだ。
 その後、日本鉄道(現在の東北本線)が上野から秋葉原まで延伸されたことに伴い、神社は1888年(明治21年)に移転を余儀なくされた。
 その移転先が現在地の台東区松が谷三丁目で、神社の名称も1930年(昭和5年)に今日の秋葉神社(あきばじんじゃ)に改名された。
 その秋葉神社を訪ねてみた。上野と入谷の中間やや入谷寄りにあって、地下鉄入谷駅から清洲橋通りを上野方向に進み途中で左脇にそれたあたり。徒歩10数分ほど。東西方向で見るなら上野と浅草の中間にあたる。入谷は秋葉原から地下鉄日比谷線で3駅目、直線距離なら数キロのところ。
 神社は清洲橋通りに並行した左右衛門橋通りにあって、石の鳥居が迎えてくれた。また、神社の入り口には看板があって、神社の縁起が紹介されていた。
 それによると、明治天皇の御下命により現今の秋葉原の地に創建せられたのが当社の始めである、明治21年鉄道駅設置のため境内地を払い下げ現在地に御遷宮となる、秋葉原の駅名も当社名にその因を発する、とあった。
 さほど広くもない境内に、コンクリート造らしき立派な朱塗りの社殿が構えられている。また、境内には「秋葉神社御遷座百年記念」の碑が建っていた。裏面には昭和63年10月建立とあったから、遷座から今年はちょうど125年ということになる。
 境内で会ったお年寄りの話によると、現在でも秋葉原駅の駅長は着任や離任など折々にはお参りに来ているのだと。また、この頃は芸能人の姿もよく見かけるようになったとも。毎年11月6日には鎮花祭が行われていて、境内に敷き詰めた燃えさかる炭の上を裸足で渡る火渡神事も行われるということだった。
 なお、秋葉原を、当初、あきばっぱら、あるいは、あきばはら、と呼んでいたものを、今日、あきはばら、となぜ呼ぶようになったかについては諸説あるようだが、秋葉原駅を開設した際、江戸の下町訛りを知らない官吏が駅名を秋葉原(あきはばら)としたというのが有力らしい。

 


写真1 秋葉神社鳥居(左右衛門橋通り側)


写真2 秋葉神社社殿


写真3 境内に建つ秋葉神社御遷座百年祈念碑

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