2013/05/13

圧巻の神田祭

 神田祭が昨日12日日曜日の宮入で最高潮に達した。その前日土曜日の神幸祭が強い雨のため、今一つ気勢も上がらなかっただけに、快晴となった日曜日の盛り上がりが一層大きなものとなった。しかも、今年はとくに4年ぶりの大祭とあってことのほかにぎやかだった。本来、大祭は隔年なのだが、2年前は東日本大震災の直後だったため大祭を自粛していた。
 神田祭は、神田明神(神田神社)の祭礼。神田明神は神田、丸の内、大手町、日本橋など108カ町の総氏神。江戸時代には江戸総鎮守と位置づけられていて格式が高い。
 神田祭はその神田明神の祭礼ということで、江戸時代には神田祭の山車は将軍上覧のため江戸城中に入ったところから「天下祭」とも称された。江戸三大祭あるいは日本三大祭の一つとも称される。
 この神田祭を土曜日曜と見物していたが、圧巻だったのは日曜の宮入。
 各町会を発した神輿がお参りのため神田明神に詰めかけてくる。その数、実に100余基。これほどの多数の神輿が参加するというのもいかにも豪華絢爛。
 とくに秋葉原の中央通りの明神下から神田明神に至る坂道は、お参りのための神輿がひっきりなしに坂を登ってくると、それとすれ違うようにお参りを済ませた神輿がやはり続々と連なり祭も最高潮。
 各氏子町会の神輿は、高々と掲げた町会名を記した提灯を先頭にかけ声も勇ましく進む。そのかけ声は、エサ、エサ、エサといかにも江戸らしく歯切れのいいものだし、神輿の担ぎ手は男衆。そろいの法被を着ていかにもいなせ。
 提灯に記された町会名を読んでいくのも楽しい。元佐久、岩二(岩本町二丁目)、旅籠町、須田町、松枝町、お玉が池、明神下、室一(室町一丁目)などと続く。江戸の町名が知られる。とくに旅籠町(現・外神田)などのように現在の住居表示からは消えてしまった町名があるのもうれしいこと。お玉が池といえば千葉周作道場のあったところだし、明神下は銭形平次が活躍したところで、まるで時代劇や講談の世界だ。
 神輿は大鳥居をくぐって社殿に到着すると、揃ってお参りをしお祓いを受け手締めをする。この手締めも江戸らしく1本締めだし、神田祭は江戸の情緒を色濃く受け継いでいるようだった。
 


続々と神輿が連なり圧巻の神田祭


神田明神に到着した神輿一行


社殿でお祓いを受ける神輿

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