2013/05/08

原田マハ『ジヴェルニーの食卓』

 短編4つの物語で構成されている。それぞれの物語の主人公はいずれも画家で、登場するのはマティス、ドガ、セザンヌ、モネ。
 登場人物について、文献を丹念に読み込んで物語を構築したらしく、フィクションだが史実に基づいているからディテールがしっかりしているし、エピソードも楽しく巨匠たちの人生がいきいきと描かれている。
 マティスの物語。語り部はマティスの家政婦だったマリア。興味深いのはマティスとピカソの交友のエピソード。ふたりとも同じコートダジュールに住んでいて、ピカソが時々マティスを訪ねるのだが、マティスとピカソは「ピアノと、ヴァイオリン。夕凪と、季節風。静寂と、熱狂。相反し呼応するふたつの、この上なく豊饒な融合」の関係だったといい、「二十世紀の芸術は、かくも豊かなふたつの果実を同時に手にする幸運を、私たちにもたらした」と語らせている。
 ドガの物語。自身が画家でありドガに私淑していたアメリカ人女性メアリーが語るエピソード。面白いのは、ドガが踊り子を描くについて、ろうでおびただしい数の人物像を作っていたこと。それは試作(マレット)と呼ばれるものだが、「あまりにもリアルな像。あまりにも生々しく、少女の魂を閉じ込めてしまったような、禍々しいほどの写実性」があったようで、踊り子の姿や動作を徹底して観察していたドガの創作の秘密を示している。
 セザンヌの物語。画材屋「タンギー親父の店」の娘がセザンヌに宛てた手紙が物語を進める。くだんの店はパリの画材屋だが、主人のタンギー親父は、駆け出しの画家にも画材を後払いで売ってやり、時には売り掛け代わりに引き取った絵を店に並べていた。ちょうど印象派が登場したころで、セザンヌのほかゴーギャン、ベルナール、ゴッホといった面々も出入りしていて、それはチューブ絵の具が出回り始めたころでもあり、「チューブ絵の具こそが芸術家たちを重苦しい因習から解き放った」と語らしめている。
 モネの物語。義理の娘ブランシュが物語を紡いでいく。ジヴェルニーにおける晩年のモネの生活が丁寧に描かれていて、とくに、大作睡蓮の絵の完成を待ちわびる、元首相で畏友のクレマンソーとの交友はほのぼのとする。そのころ、モネは白内障を病み、制作が思うように進んでいなかったのだ。また、モネは屋外でのスケッチを好んだようで、ブランシュに「私のアトリエはね、ブランシュ、この空の下なんだよ」と語っている。
 4つの物語には、どれにも制作中の代表作がそれとなく登場しているのだが、どれもがよく知っている絵というせいでもあるだろうが、まるでその絵を間近にしているような色彩が広がっているようで、これは著者の表現の豊かさがならしめるものだろう。
 とにかく文章がしゃれていて、たとえば、ちりちりと泡立つ、シャンパーニュグラスの底、ずっと行きたかった遊園地に、予告もなく連れてこられた少女の気分、イヴ・モンタンに会ったって、あんなにあたふたしなかった、などとあると、ページをめくる手を止めたくなるようだった。
(集英社刊)


お勧めの書籍