2013/05/02

企業訪問:ホバート溶接研究所

 ホバート溶接研究所は、米オハイオ州トロイ市にある財団法人。
 ホバート社は、溶接材料から溶接機器に至る総合メーカーとして世界的にも著名な名門企業だが、溶接研究所は早くからホバート社の直接の傘下を離れ、独自運営されている。設立は1930年と古く、40年には非営利法人に移行している。
 トロイ市はデトロイトの南約300キロに位置し、デトロイト空港から高速道路で約3時間の道のりだった。トロイ市に入ると、ホバートグループの工場群が広大に展開されていることがすぐにわかった。ホバートグループは、ホバート兄弟が築いたトロイ市の名門企業なのである。いわば企業城下町で、溶接研究所は工場群の一角に端然とたたずんでいた。
 訪問したのは昨年2012年の8月だったが、訪問すると、A.A.オダーマット理事長が自ら出迎えてくれた。
 ここは、溶接に携わる者として一度は訪問したいとかねてから念願していたところで、その動機の一つにはオダーマットさんと直接面談したいということも、大きな理由の一つだった。
 つまり、オダーマットさんは「溶接─その歴史を探索する道」という著書も著している溶接史研究の第一人者で、一度その謦咳に接してみたかったのである。
 オダーマットさんは、いかにも技術者らしい率直な応対で、日本からはるばる訪ねてきた私を大歓迎してくれ、「貴書を読んだことがある」と自己紹介するととても喜んでくれた。ちなみに年齢は72歳とのこと。
 オダーマットさんによると、現在のホバート溶接研究所は、非営利の財団法人として溶接トレーニングセンターの運営をはじめ溶接図書の出版、溶接歴史ギャラリーの運営などを主な事業としている。だから、研究所は名乗りながら、いわゆる溶接の研究開発を行っているということではないようだ。
 館内を案内してもらったが、まずは溶接歴史ギャラリーから。館内には歴史的資料としての溶接機がずらりと展示されていた。中には34年キエルベルク製造の溶接機や40年GE製造のティグ溶接機など、産業考古学上貴重な博物資料も多かった。どちらかというと散逸しがちな貴重な工業製品を整理保存している先見性に改めて感心させられた。
 また、ギャラリーには溶接の歴史が大河の流れのように壁面いっぱいに掲示されていた。
 溶接の歴史は紀元前4000年頃のエジプトやインダス文明で使われた銀ろう付から始まっていて、歴史の長さは5000年続いているという視点に立っているのが特徴。18世紀のガス溶接、1887年のニコラスとベナルドスによるアーク溶接の開発へと続いていた。
 ギャラリーには図書館も附属されていて、溶接に関する蔵書が4000冊にのぼるという。溶接を専門とするこれほどの蔵書は、世界的にも例がないと思われた。
 次に案内してもらったのがトレーニングセンター。同研究所の中核をなす事業である。
 非常に立派な施設で、溶接実技のブースが180も並んでいる眺めは壮観のひと言。学科の教室も含め、おそらくこれほどの規模の訓練施設は世界的にもトップクラスではないかと思われた。
 在校生は常時200から300人で、常に定員を満たしているということだった。もう少し定員を増やすことも設備的には可能だが、教員1人につき学生12から15人を厳守しているという。希望者はいつでも入校でき、資格は高校卒。現在の在校生は18から30歳が約70%で、新卒者以外の再就職のための入校性は全体の60%程度とのことだった。
 カリキュラムは、実技を対象としたスキルトレーニングから始まり、座学として溶接品質の重要性を学ぶテクニカルトレーニングに進む仕組み。構造物溶接なら5ヵ月、パイプ溶接は9ヵ月の履修が一般的とのこと。
 授業料は、例えば構造物・パイプ溶接コースなら36週1260時間の履修で1万4870ドルと決して易くないが、卒業後の報酬を考えればすぐ回収できる程度の費用だろうと説明していた。
 参考までに、米国における溶接士の賃金は年俸換算で1万2000ドルから10万ドルとのこと。技能レベルによって差があり、パイプ溶接が最も高報酬が得られる。業種別では、造船従事者が7万ドル程度だとしていたが、これはまずまずの高賃金だと言える。
 オダーマットさんは、「溶接は決して汚い危険な仕事ではない。正しい仕事を行うことが大切で、そうすれば溶接は清潔で安全な仕事となる」と強調していた。いずれにしても、オダーマットさんの溶接に対するほとばしる情熱がホバート溶接研究所を支えていることは間違いないであろう。


 


写真1 オダーマットさんと筆者


写真2 ホバート溶接歴史ギャラリー


写真3 トレーニングセンターのブース

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