2013/04/26

池澤夏樹『双頭の船』

 読書ノートから。
 舞台は、瀬戸内海の島々を結んでいる「しまなみ8」というフェリー。前後対称の双頭船だ。
 船には船長ら船員のほか食堂係の鬼沢さんらが乗り込んでいる。
 この船に、海津知洋という青年が送り込まれてくる。知洋は工業高校を出てぶらぶらしていたのだが、船上では自転車の修理ショップをまかせられることとなり、中古自転車の修理と整備が仕事だ。ただし、あくまでもボランティアだから給料は出ない。
 船は沿岸伝いに北へ向かっており、津々浦々に寄って各地で集められた放置自転車を回収しどんどん整備していく。東日本大震災の被災地に届けようというわけだ。
 被災地に近づくと様々なものが乗り込んでくる。
 二百人ものボランティアが乗り込んでくる。百頭もの犬や何十匹もの猫も乗ってくる。
 北上するにつれて船はそれこそ不思議にもどんどん大きく成長していて、海水淡水化プラントが積み込まれ、風呂が設けられる。この風呂は被災者にも開放されるようになり、しまいには五百戸の仮設住宅までもが甲板に建設され、二千人もの住民が暮らすようになる。
 船の名前も「さくら丸」と改名したし、まるで方舟のようでもあり、ひょっこりひょうたん島のようでもある。
 池澤は、東日本大震災と真摯に向き合っている作家の一人だろう。
 震災直後から現地にも入り、取材を行い自らボランティア活動も行っているし、作家として多彩な視点から震災に切り込んで世に問うている。この関係の作品には、思索をまとめた『春を恨んだりはしない』(中央公論新社)、講演集の『文明の渚』(岩波ブックレット)などとあるが、本書は震災を受けて書かれた長編小説。
 かと言って、決して堅苦しいものではないし、示唆に富んでいてよくよく考えさせてくれるが、それでいて説教臭くはみじんも感じられない。
 それよりも、エピソードが豊富だし、金庫ピアニストなる解錠師が登場したりと小説として読んでおもしろい。
 知洋は被災地に到着するや陸に上がり、自分で整備した自転車にまたがり被災地を走ってみる。
 で、「どうしてこんなことになったのかは知っている。……原因とかではなく、……頭を空っぽにしてただ見る。……できるだけたくさん見てこの光景を心に蓄えておく。」……「丘の上からの展望。ずっと遠くまで見えて、とても広い平らな土地が見えて、それがぜんぶ波ですべてを掠われた被災地だった」と語らせる。
 読んで、こんな船が実際にもあったらいいなと思うし、この船は希望を運んでいるようでもあったし、痛快でもあった。
 池澤の、被災地から目をそらさない、被災者に寄り添う、そういうやさしさが感じられた。
(新潮社刊)


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