溶接の歴史

紀元前5000年〜0年

紀元前5000年から0年まで
 この時代の出土品については、考証の差などで年代の判定には相当な開きが出ているものもあります。また、人が最初に手にした金属も、銅か鉄かはっきりとはしていません。いずれにせよ純度の高い隕石をそのまま使うか、鉱石を加熱し目的の金属を取り出していたようで、その程度はともかく金属の加工方法についても知っていたことを意味しています。

5000 銅の用途
 この頃は、緑色の銅の炭酸塩のクシジャク石は、下まぶたを彩色する化粧品として多く使われている。*14

4000 銅の抽出
 この頃に、銅鉱石から純粋な形で銅を抽出する方法が、たき火か山火事の跡から偶然に発見されたのではないかとされている。銅(COPPER)の名称は、この金属がはじめて産出したキプロス(CYPRUS)島に由来している。*21

3600 青銅製品
 西南アジアの職人達が、銅に錫を混ぜると銅よりも硬く、刃物にもなる青銅(BRONZE:銅を意味するペルシャ語)を作っている。*1

2500 銀ろう付
 ヘレス王妃の墳墓から出土した天蓋は銅柱で支えられているが、その支持箇所が銀ろう付で固定されている。*4[エジプト]

2400 金のはんだ付
 メソポタミアのウルに住むカルデア人は、金の延べ板を合わせるために、一種のはんだ付を行っている。*15[ギリシャ]

2000 青銅器時代
 ヨーロッパは未だ石器時代であるが近東はすでに青銅器時代に移行している。*1

1500 錫の製法
 この頃には、錫の製法がヨーロッパで確立し、近東に輸出が行われる状態になる。*14

1400 鉄器時代
 鉄を精錬する方法を見つけ、小型の産業規模で鉄が生産できるようになる。小アジアでの鉄器時代の始まりである。*1

1345 金のろう付
 ツタンカーメンの墓から、球状の小金粒を金の延べ板面に散布し、加熱接合された装飾品が多く出土する。*2 また、鍛接したと思われる鉄製枕のリングや短剣も発見される。*19[エジプト]

1200 青銅の武器
 ホロメスの「イリアス」に出でくるトロヤ戦争物語で、青銅の槍や剣それに楯で戦う様子が記述されている。*21[ギリシャ]

1044 磁針の発明
 磁針の発明は、TSCHEN-KIANGによるものとされているが、B.C.1040のWHANG-TIだとする説もある。この磁針ができたということは、鋼がすでにあったことになる。*5[中国]

1000 鉄の鍛接
 近東で400年前に始まった鉄器時代がオーストリア地方に伝わり、この頃から鉄製の武器がヨーロッパ中に伝搬をはじめる。*1 人類が鉄の武器を製作することを学んだ時には、すでに鉄の鍛接方法を知っていたと見るべきである。*5

1000 銅のろう付
スサ出土の銅製の壷には、雄牛の頭部の装飾品がろう付されている。*4[ペルシャ]

1000 青銅のろう付
 発掘されたケルト人の使っていた青銅器の中に、折れた柄の箇所をろう付で補修されたものがある。*3[オーストリア]

800 鉄の装飾品
 メソポタミアのニムドで出土した青銅製の椅子に鉄のリングが取り付けられている。この頃では、鉄は目新しい金属なので、装飾品として使われていたらしい。*4[ギリシャ]

600 鉄のろう付
 出土したリディア王への奉納品の中に、銀製の壷があり、それの鉄製の台座がろう付を使って製作されている。これは、キオス島のグラウコス(GLAUKOS)の作品なので、彼が鉄のろう付をはじめて行ったとされている。*5[ギリシャ]

120 鋼の製造
 この頃に出版された「准南子」に、鋳鉄を脱炭して鋼を作る方法について記述がされている。*7[中国]

119 鋳鉄製造所
 この頃には、全国で主なる鋳鉄製造所は48ヶ所あったが、これらを含めて漢王朝は国内の全ての鋳鉄製造所を国有化し、鋳鉄製造を独立化してしまう。*7[中国]

100 はんだ付
 この頃のローマの水道管には、土管と鉛管があったが、出土した鉛管継手を見ると、はんだ付がされたと推測されるものがある。*9[伊]

100 鉄器の出土
 弥生時代前期(B.C.300-100)のものと推測される6ヶ所の遺跡から、15の鉄器が出土している。*6[日]

*と数字のある参考文献は1990-文末にまとめて掲載しています。

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