秋葉原日記 (ライブラリ)

赤嶺淳『ナマコを歩く』

 ナマコは大好き。酢の物でコリコリといただくのもおいしい。これは日本風らしい。中華風に乾燥させたものを戻してコラーゲンたっぷりに食べるのはもっとおいしい。
 食通としても知られた團伊玖磨がかつてエッセイで、夕食に招かれてナマコが出てきたらそれは大歓迎されていると受け止めていい、ナマコ料理は乾燥を水で戻すためにも1週間も前から準備しなければならず、それほどおもてなしに心を配っているということだ、そのようなことを書いていた。
 このナマコについて、本書ではその漁のこと、流通、消費そして料理のことから、ナマコを取り巻く環境問題に至るまで多面的にとらえている。
 著者は、東南アジアを中心に海域世界を専門とする社会科学者だが、まるでナマコに取り憑かれたように世界の現場を訪ね歩いている。
 ナマコと一口に言っても実に多様で、世界には1200種ものナマコがあり、このうち食用は44種だという。
 ナマコの圧倒的消費地は中国で、世界のナマコの大半が中国市場に集まっているといわれるほどらしい。中華料理では乾燥させたものを水でもどして食する。
 いかにも高級な食材で、乾燥ナマコの場合高いものなら1キロあたり10万円もするという。とくに日本産のマナマコが極上となっているとのこと。
 ただ、本書で著者はナマコについて詳述しているのだが、著者のねらいは、副題に「現場から考える生物多様性と文化多様性」とあるように、食と環境の問題、とりわけ東南アジアの人々にとっての現実をみつめ、ナマコを巡るエコ・ポリティクスについて論じていることだろう。
 著者は自分の立脚点を明確に示している。すなわち、「いわゆる世界システム―先進国が先進国たりうるのは、発展途上国からあがる利益が先進国に環流する仕組み―のなかで生活しているという現実をかえりみるとき、たんなる科学的な見地から環境問題を論じるのは無責任にすぎる」と自分の立場をまずもって述べている。
 また、ナマコをエコ・ポリティクスとして取り上げればすなわちそれは鯨にも応用されるわけだが、この点でも著者の見解は明確で「捕鯨に象徴される問題は、文化の固有性と資源の所有権をめぐる問題に換言できる。捕鯨は、南氷洋という公海における資源はだれのものか、という問題を提起する一方で、高度に回遊する動物とはいえ、日本の沿岸によってきたクジラを獲ることの是非が国際世論に左右されるという現実を露呈した」と指摘している。
 著者の論調で重要なことは、常にグローバルな視点で問題をとらえていることと、食は文化だとする一貫した主張があることだろう。
 クジラに代表されるように、環境NGOの活動にいらいらさせられている今日、ナマコといいながら、多くのことを考えさせられた一冊だった。
(新泉社刊)

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