秋葉原日記 (毎日更新)

セジさん

 大先輩に対して大変失礼なことだが、きちんとした書簡の場合はともかく、メモ程度のやりとりではご自身「セジ」とサインをされていたし、面と向かってはさすがにそのように呼びかけることはしなかったが、仲間内では親しみを込めてセジと呼ばせていただいていた。
 そのセジこと妹島五彦さんが12日亡くなり、昨日15日小金井のカトリック教会で告別式が行われた。
 妹島さんは、1925年岡山県出身で、享年83歳だった。
 大阪大学溶接工学科卒業後日立製作所に入社され、以来一貫して溶接技術に携わられた。
 産業界にあって高出力電子ビーム溶接技術の開発を手掛けられたほか、溶接学会、溶接協会で幅広く活躍、溶接技術の普及向上に多大な貢献をされた。
 妹島さんとは随分と昵懇にさせていただいてきていて、たくさんの原稿をご執筆いただいた。
 また、IIW(国際溶接学会)でご一緒したことも多く、世界各地にご同行させていただいた。
 妹島さんはIIWには夫人の長子さんを同伴されることがたいがいで、ご夫婦揃って親しくさせていただいた。
 妹島さんはとにかくエネルギッシュで、大きな声で物事をどんどん進められた。
 とにかく溶接に対する愛情は人一倍のものがあって、この点、同感することが多く、たくさんのことを学ばせていただいた。
 溶接切手の収集では世界の第一人者だったが、文筆にも精力的で、多くの著作を上梓された。
 それは専門書に限らずエッセイなど多方面にわたり、幅広い教養を活かされた。
 どうも編集ということが生来好きだったようで、日立から日本電機工業会専務理事を退任されたあとは、産業技術サービスセンターで雑誌や書籍の出版に携わられたが、いまにして思えばあれば長年の夢をかなえたことだったのかもしれない。

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(妹島五彦氏著作)

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