2012/05/17
このたびの仙台出張の帰途は、少し足を伸ばして盛岡へ行ってきた。岩手県立美術館で魅力的な展覧会が開かれていて、これは期間限定の企画展だからこの機会を逃すと見損なう恐れがあったのだった。
それは「ルーブル美術館からのメッセージ」と題する展覧会で、「出会い」というテーマがついている。
この展覧会は、パリのルーブル美術館が東日本大震災で被災した日本とくに被災者に向けて連帯の気持ちを伝えたいと企画されたもので、この岩手県立美術館を皮切りに宮城県美術館、福島県立美術館の被災3県の県立美術館を巡回する計画。
ルーブルのプレゼントで実現したこの展覧会。昨年のことだったが、ある被災地の美術館では美術品が汚染するというまったく非科学的な理由で予定されていた美術品の貸し出しをキャンセルされたようなこともあって、被災地ではこんな理不尽な対応に憤慨もしていたのだったが、こうした状況下で開かれたこのたびのルーブル展は、それが世界で最も名高い美術館からの提案だけに、被災地を大いに勇気づけたのだろうと思われたし、そういう美術展ならば展示品の内容もさることながら、自分としても是非展覧会に駆けつけたいと念願したのだった。
さて、その展覧会。会場にはルーブルが厳選した24の美術品が展示されていた。古代オリエントやエジプト、ギリシャの彫刻、中世とルネサンス時代の美術工芸品や絵画などで構成されていて、オスマン帝国時代のイスラム美術にも及んでいた。
これらは「出会い」というテーマで集められたもののようで、ルーブルの意図がわかるようだった。
中で気に入ったのは、「エジプトの家族の像:ネブセニと妻バケット、その息子」(エジプト、紀元前1450年頃、石灰岩)という石像。
高さ87センチ、幅35センチ程度のものだが、夫と妻の背の高さが同じというのも注目していいことだし、それ以上にこの夫婦はお互い腕を腰に回していて、両親の間には小さな息子がたたずんでいるのが大きな特徴で、古代エジプトにおいてこのような夫婦愛がすでにあったことには素直に感動させられたのだった。
会場を回っていて、展示品に世界的にもポピュラーな超目玉があるわけでもないものの、出会いというテーマに沿ったほほえましい作品が多くて和んだし、何よりもルーブルからのメッセージがありがたいことだった。

(エジプトの家族の像=会場で配布されていたパンフレットから引用)
2012/05/16
昨日まで仙台に出張だった。
14日月曜日、仙台に向かう新幹線の車窓から見る沿線は、みずみずしいばかりの緑が田植えを終えたばかりの水田に美しく映えていた。この景色は日本の最も美しい風景の一つだろう。
仙台駅に降り立つと東京とは3度ほども気温が低いのだろうか、ややひやっとする風が頬に心地よい。薫風といってよいのではないか。
駅を背に東西に伸びる街路は、青葉通、広瀬通、定禅寺通、そしてそれらを南北に横断する中央通などといずれも街路樹が美しい。ケヤキやイチョウが多いようで、黄緑色した新緑が見るものを和ませてくれる。まさしく青葉繁れるといった風情で、杜の都というにふさわしい。
仙台では秋保温泉に泊まった。ここのホテルで会合があったからで、この会合は全国各地から100人も参集するものだが、例年ならば京都で開催することを常としているところ、少しでも震災復興支援の一助にでもなればと、主催者が東北を選らんのだった。
秋保温泉は仙台の西方に位置し、直通バスで約30分のところだった。駅を出たバスは広瀬通を直進し広瀬川を渡って丘陵地帯へと分け入って行った。方向としては青葉城の後背地に当たるように思われた。
旅館が軒を並べたような温泉街があるのではなくて、名取川という川のほとり、田畑の中に旅館が点在しているようだった。だから、にぎやかさは実感しにくいのだが、大規模なホテルがいくつもあって、仙台の奥座敷として人気の温泉地のようだった。
秋保温泉に泊まるのはこれで4度目だが、いずれの場合も旅館の中だけで完結してしまって、だから、秋保温泉がどういう温泉地なのか、実は印象は薄い。
もっとも、ここに限らずこの頃では温泉地に泊まっても温泉街をぶらぶらするようなことは少なくて、その意味では味気ない。最寄りの駅から旅館に直行して翌朝そのまま帰るというようなことが少なくないのである。
どこの温泉地でも同じといえば料理もその一つで、とくに大きな団体の宴会の場合にはどうしても画一的で、地のもの、旬のものというのは少ない。
違いがはっきりするのはあたりまえだが温泉ということになるが、ここ秋保温泉は温泉にもさしたる特徴はないようだった。風呂に入ってお湯をなめてみたら無色透明で、わずかに塩分を感じた。湯量は多かったが、湯温は低かった。せいぜい40度から41度程度か。源泉は65度にもなるらしいのだが、大勢の客に合わせるとどうしてもこうなるのだろうから熱いのが好きな自分としては残念ながらこれは仕方がない。

(秋保温泉湯本付近)
2012/05/15
中国人芥川賞作家による中国歴史人物の月旦つまり人物評集。
取り上げられているのは、毛沢東、蒋介石、孔子、始皇帝、李?、武則天、魯迅の7人。
なかなか面白い顔ぶれだし、著者は1964年ハルピン生まれで20代で日本に留学して日本の作家となったが、そうした著者が中国の歴史上の人物をどのように見ているのかははなはだ興味深いことだった。
まず、毛沢東について。朝起きるや毛沢東をたたえる歌を聴かされて育った著者だが、毛沢東の死後取りざたされるようになったその評価に対し、著者自身は「過誤は功績をはるかに越えている」ときっぱり。
しかし、21世紀に入ってそろそろ毛沢東も忘れられても良さそうな頃かと思いきや、中国では今また庶民たちの守り神とされていることに率直に驚き嘆息していて、「毛主席、あなた様はいったい何者だったのか?」と自身に問いかけている。
孔子について。著者は孔子さまと呼び登場人物中唯一親しみをこめている。しかし、内容はなかなか辛辣で、「教師‐失敗政治家‐歴史学者、これこそ正しい孔子の評価ではないか」といい、聖人と呼ばれることに違和感を感じると。
また、孔子思想をひっくり返して応用したのが毛沢東思想だったのだが、その孔子が今また子どもたちにあがめられいる姿を目の当たりにして、「孔子さま、あなたも岩石のような堅苦しい聖人の殻を脱ぎ捨てて、……本来の人間の姿に回帰したらいかが、と不敬を覚悟しつつ、心の中で進言した」と結んでいる。
最も興味深かったのは魯迅に対する人物評。魯迅は55歳で亡くなったのだが、「しかしこの早すぎる死は魯迅の場合、むろんある種の幸運をもたらしたことになるのでは、とその後の歴史を知る者ならば、思う人は少なからずいるだろう」とし、「時期を選んで死んだのに似て、あたかも自分が一番必要とされている時期を選んだかのように生まれ、生きたのだった」と指摘している。
中国で魯迅は「魯迅批判は死刑に値する罪である」とまでいわれる存在だが、魯迅自身は「所詮権力を欲したこともなく、筆が人生の全てであるような一介の文士なのだと、魯迅はそんなふうに自らを位置づけていたのだろう」と評し、だからこそ、今日の中国を見るに「魯迅の持つ絶望感は、恒久に続くだろう」と断じている。
本書を読んで、中国で歴史上の人物への歴史評価は時代によって180度も変わることなど珍しくもないということを痛切に感じさせられたし、そういう中で著者自身の歴史人物への人物評も、対象への慈しみがあったり皮肉っぽくもあったりと、なかなか複雑な感情が読み取れるのだった。
(文藝春秋刊)

2012/05/14
一昨日土曜日は、高校時代の同窓会が都内のホテルで開かれた。
この高校は岩手県盛岡市にある公立校で、昨日の同窓会はその在京の者たちの集まり。現在のものは4代目だが、いずれも校舎の塗色が白だったところから伝統的に白堊校と呼ばれ、同窓会も在京白堊会と称している。
明治13年の創立になる古い学校で、それだけに卒業生の数も多く、在京の者だけだも4千人ほど。昨日の同窓会は300人を超す出席があって大変盛大だった。
郷里岩手県は沿岸部を中心に東日本大震災で甚大な被害に見舞われ、同窓会としてもどのような支援ができるのか自問自答してきたような1年だった。
義援金を募ったりふるさと納税を促進したりといった活動のほか、知事はじめ被災市町村の首長に同窓生が多いところから連帯の輪を広げるようにもつとめてきた。こうした活動によって被災地との絆が強固になったように思われる。
毎年の同窓会は5月13日の創立記念日に合わせて開催されているのだが、昨年は震災直後ということもあり、一切の酒肴を自粛し、犠牲者への鎮魂と被災地への連帯を第一義とした内容にしたのだった。例年ならば酒を酌み交わしながら盛り上がるところ、その酒もないのに出席者数は過去最大だったし、きわめて厳粛で印象的なものだった。
昨日の同窓会は被災から1年ということもあり酒肴なども例年通りに戻されたが、プログラムには引き続き被災地との連帯を強める数々の趣向が凝らされていた。
被災地からは同窓生である宮古市長が駆けつけていたし、余興では盛岡に古くから伝わる郷土芸能である「さんさ踊り」も披露された。
これは太鼓を打ち鳴らしながら「サッコラチョイワヤッセ」という独特のかけ声とともに優雅に舞い踊るものだが、会場からの飛び入り参加も多く、被災地の平安を願った大きな踊りの輪ができていた。

2012/05/11
日本の住宅には塀や垣根は付きもの。散歩をしていると、塀といい垣根といい、様々なものを見かけることができる。
この頃多いのは、塀の下半分ほどがコンクリートブロックで、その上部に金属製のフェンスを組み合わせたもので、全面コンクリートブロックだけというのは少なくなったように思われる。これは地震で倒壊した際の被害の大きさを考慮したせいかもしれない。
中には築地塀などというのも見かけることがあるが、これなどはやはり広壮な屋敷にこそ似合う。
築地塀も練塀の一種だろうが、時に土塀も散見される。こういうところはたいがいはかつて百姓家だったように見受けられる。豪農であっても築地塀ははばかったのかもしれない。
板塀もある。時に彫り物など施してきれいに組んだ板塀は風情があってよろしい。
一般の住宅でこの頃好まれるのは生垣だろうか。見た目に緑がよいし環境にも優しいからだろう。
使われる樹木は様々で、サザンカなどのように花をつけるものもあるし、いずれにしても密度が濃く強いものが好まれるのは当然で、刈り込みにも適したものが選ばれているようだ。
この時期、葉を真っ赤に染めているのはベニカナメモチ。しばらくすると色が落ちて緑いっぱいになり、秋に再び赤く葉を染める。植栽して強いし、季節の変化も感じられるからこの頃は大変な人気のようでよく見かける。
我が家の斜め向かいのお宅がこのベニカナメモチの生垣で、ご主人の話によると、早春と初秋にきちんと刈り込みを行うと色づいたときに赤が鮮やかになるらしい。
ところで、塀と垣根の違いはどういうことだろう。どちらも似たような意味で使っているようだが。
目隠しや防犯上の意味合いの強いのが塀で、石垣などとも使うから土台を意味するのが垣根ということなのだろうか。

(斜め向かいのお宅のベニカナメモチの生垣)
A5判 308頁
ISBN:978-4-88318-419-4
価格:2,520円(本体価格:2,400円)
松山欽一 高橋靖雄 長谷川和芳
430頁
ISBN978-4-88318-040-0
価格:9,135円(本体価格:8,700円)
レーザプラットフォーム協議会編
A5
198頁
ISBN978-4-88318-041-7
価格:2,310円(本体価格:2,200円)